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2005年1月11日 kodo | | コメント(2) | トラックバック(0)

澄翔さんの箱根旅行を読んで、竹の筆というのを知りました。おもしろいですね。
そういえば筆という字は竹冠です。

ただ、もともとは竹冠がない「聿」だけで、筆の意味をなしていたようです。

元来、竹は北方支那になく、南方揚子江方面或いは南方熱帯地方にかけて生ずるものである。それ故孔子の時代、或いはそれ以前に北方の各地で竹簡、その他、竹の需要があつたとすればいづれも南方からわざわざ移入されたものだと思はれる。西域、中央亜細亜方面で沙漠の中から松柏科の木材を用ひた木札(木簡)が、数多発掘され、これに墨書された文字が見出されてゐる。これは前漢の王莽の神雀年代のもので、己に二千有余年を経てゐる貴重な出土品なのである。これ等はいづれもきぢかから見ると松柏科の板であつて、麻の紐、または羊の皮の紐で綴づられてゐる。恐らく西北地方にても、古くは竹の材料が得られなかったため、木札が用ひられてゐたのであらう。(『初等漢字の教へ方』(後藤朝太郎著)
ということです。

つまり、管の部分は、竹でつくることが多かったのでしょうが、
かならずしも竹とはかぎらなかったかもしれないということなのです。

聿は、筆を手にもつかたちです。
又(ゆう)は手のかたちなのですが、
聿は、筆のかたちに又(ゆう)を組み合わせたかたちです。

ちなみに、又(ゆう)は右手です。
甲骨文や篆文をみてみるとわかります。
篆書の書き順をみると、右と左の漢字の書き順が納得できます。
指から書き、腕を書くのです。
又(ゆう)は、右のもとの字です。ナ(さ)は左のもとの字です。
右手を二つならべたのが、友です。
手と手をとりあって、たすけあうのが友なのでした。

さて、竹筆というのは、竹を細かく裂いて筆のようにしたもののようです。
江戸時代の禅宗の僧侶が竹筆を愛用していたそうです。

やわた発明展示室
によると、
中国の墨絵・額字等にも数多く見られるそうです。
これにはびっくりしました。

ホウライチク竹筆の画像
TAZAKI'S ART WORKS
などに写真がありました。

葦ペンや竹ペンはいまでも画材店で売っていますよね。
いまでは画家やまんが家の道具になっています。
使い込むと、やわらかいあたたかい線がでそうな気がします。

しかし竹筆があるということ自体知りませんでしたし、
まだ作っているということも驚きでした。

ふつう筆は、巻筆(まきふで)と水筆(すいひつ)に分けられます。

古くは巻筆しかありませんでした。
水筆は宋代からもちいられたそうで、それ以前は巻筆だったそうです。
日本でも平安時代の筆も巻筆で、和様の書は近世の末まで巻筆で書いたそうです。

巻筆は、鋒の芯を紙で巻いたものだそうです。
いまの筆はほとんどすべて水筆です。
紙で巻いたりしていません。

水筆には、捌筆(さばきふで)と固め筆とがあります。
水筆は鋒に墨をたくさん含みますので、
墨をよく吸収する紙に書く場合は水筆が適しています。

巻筆も、いちど使ってみたいものです。
雁皮紙などに書くのでしょうか。現代の紙質は向かないのかもしれません。
そういえば、画仙紙に書くようになってから「書」がだめになった、といっていたひとがいました。

筆を発明したのは、秦の蒙恬(もうてん)将軍だという伝説がありますが、
世界史の教科書だと、筆の改良をしたひととして紹介されています。

蒙恬将軍は、北方から秦を脅かしていた匈奴にたいして討伐に派遣された将軍です。

北方民族は脅威だったのですね。
始皇帝は万里の長城をつくりなおし、つまり修築します。
諸国によってつくられていた長城をむすんで万里の長城にしました。
始皇帝は修築したのであって、万里の長城をつくったのではありません。
しかも現在よりもずっと北にありました。
明の時代に作られた万里の長城は「月からみえる唯一の建造物」です。

蒙恬将軍は、それまでの筆になにかしらの改良をしたのでしょう。
殷・周の時代からすでに筆はあった、というのが定説になっています。
殷墟からは墨書された陶器が発見されていますし、
じっさい、春秋時代の筆などは、ちびた筆ですが、発見されているのです。

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コメント(2)

澄翔 :

いつも私の説明不足のところを説明してくださって、またまたひとつお勉強になりました(^^)歴史はそれほど得意ではないものですから・・・。

私が購入した竹の筆は、先がさばかれていない鉛筆の先のように削ってあるだけのものでした。筆といっても、例えば紙だったり割り箸だった草だったり、墨をつけて書けばなんでも筆になってしまうのではと思います。それはそれでとても味わいのあるおもしろい線が引けていいのかなと思います。
今度暇なときにでも挑戦してみようかな。

kodo :

澄翔さん、コメントありがとう。
私も勉強している身なので、まちがいなどはぜひ指摘してください。
それにしても澄翔さんのおかげで竹の筆をしることができてよかったです。
禅林墨跡のちからづよさは、もしかしたら竹筆?とおもい、さらにしらべてみると、
一休さんの書いた、あの有名な
「諸悪莫作」「衆善奉行」
は、竹筆に墨を含ませ一気に書いたものなのだそうです。
http://www.osakanews.com/mite-mite-kansai/ikkyu021125.htm
そのうちためしてみたいとおもいます。ありがとう。

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