みずから獲得せよ
2005年1月 2日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
先祖から承け継いだ物でも、 それをおまえの真の所有にするには、おまえの力で獲得しなければならぬ。 役に立てることができないものは重荷だ。 現在生み出したものでなければ、現在の用に立たぬ。『ファウスト(悲劇第一部)』(ゲーテ/著,手塚富雄/訳,中央公論新社)
自分で見出しみずから獲得しなければならないのです。
そうしなければ、なにものも自分のものにはならないのです。
先人の歩んだ道を自分も辿ってみなければなりません。
だからこその臨書なのです。
「役に立てることができないものは重荷」です。
自分で獲得したものでなければ役には立ちません。
むしろ空真似によって自分を見失う危険の方が大きいでしょう。
学んでいるものや、感銘を受けた作品の影響が、
すぐに自分の書に出てしまいます。
しかしそれは決して体得しているものではありません。
自分がないから影響を受けやすいのかもしれません。
自分のものになっていないものが作品に出ると空虚なだけです。
書は技術だけではありません。
習ってしまったがために自分の書が書けなくなっている人が多いのです。
知識は煩悩です。知識は、あらゆるものを束縛します。
無知を知るための知識だといいます。
だからこそ、本物を裸の心の眼で観なければなりません。
自ら獲得し、真に「知る」必要があるのです。
知れば知るほど、道の遠いことを思わずにはいられません。
しかし、その険しい道を歩むことに心からよろこびを感じます。
自分の書へと昇華し脱皮するしか方法は残されていません。
自分がいまほんとうにしなければならないことは何か。
いったい自分はいまどこにいるのか。
常にそれを心に抱きながら、信じる道を歩んで行きたい。
遠回りを恐れてはいけない。
きっと
私にしかできないことがある
私にしか書けない書があるにちがいないと信じています。
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