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父・交

2005年2月24日 kodo | | コメント(7) | トラックバック(1)

一昨日、一年生の息子の宿題に付き合いました。
漢字練習です。
「学校」と書いていました。

どうも字形がへんちょこりんなので、小筆で書いてあげました。

すると、
「そこ、くっつけちゃいけないんだよ!」

どうやら「校」の父の部分、上の2点と交差の部分は、接触してはいけないそうです。
息子はくっつけて書いて、テストで減点されたので、おぼえているようでした。

たしかに普段は離して書く癖がありますし、書ならそう教えますが、
学校で習うのだから、きちんと?つけて書いたほうがよいだろうと、
私はご丁寧につけて書いていたのでした。

『例解学習漢字辞典』より
子供に買ってあたえた『例解学習漢字辞典』(藤堂明保編、小学館)で、
「父」を引いてみました。
この漢和辞典は学習用なので、筆順や、書く際の注意点などが書いてあるのです。
子供の大好きなドラえもん版です。

やはり息子のいうように、
2点との間にそれぞれ線が引かれて「あける」と2つありました。

学校ならば常用漢字表どおり離すように指導するのが正解でしょう。
子供に漢字をおしえるというのは、書とはべつな意味でむずかしいものです。

「父」は二年生で習う字でした。
一年生で習う「校」のほうがむずかしそうですが、
学校のほうが父より身近なようです...(笑)

父は部首になっていました。
ただ父の部に取り上げられているのは、「父・爺」の二字だけでした。
この辞典は教科書体ですが、父では「あける」といっておきながら、
爺の上の父の該当部分はつけて書かれています。

それにしても2字しかないとは、父親は影がうすいんですね~。

ちなみに『漢字源』(藤堂明保編、小学館)を引いてみても、
父の部には、「父・爸・爹・爺」の4字しかありません。
どれも父親を意味しています。
この辞典は明朝体です。
そのためか、こちらでは父の該当部分は爺をはじめ、すべて離しています。
活字をつくるひともたいへんです。

釜や斧は、この辞典では父の部には入っていませんでした。
釜は足のない大腹の器です。『漢字源』に、

春秋戦国時代の量をあらわす単位。一釜は六斗四升(約十二リットル)。
とあり、金の部に入っています。
斧は斤の部にあるのでしょう。

ところで、そもそも「校」の父の部分と「父」という字ではなりたちが違います。

「父」は、白川静氏の『字統』によると、

初形は斧(おの)と又(手)とに従う。斧鉞(ふえつ)をもつ人の形。斧の頭部をもつ形が父である。〔設文〕に「矩(く)なり」と畳韻をもって訓し、「家長の、率ゐて教ふる者なり。又に従ひて、杖を挙ぐ」とし、もつものを杖の形とする。また火をもつ形とする説もあるが、金文の字形に戉(鉞)をもつ形のものがあり、その鉞頭をもつ形である。斧鉞は儀器として用い、王や士はみな鉞頭を儀器としてその身分や地位を示したものである。父も斧鉞を儀器として、その指揮権を示したものであろう。ゆえにその地位にある人は、父子の関係をこえて、尊称として父をつけてよぶ。
とあります。
会意の字でした。
丨(斧の頭部の形)と又(右手)とを組み合わせた形です。
『例解学習漢字辞典』の甲骨文はちょっと違うようです。
丨と又(ゆう)とが離れてしまっています。
丨を持つ形ですから、丨と又の真ん中は甲骨文ではくっつけるようです。
『古文字類編』(高明編、中華書局)をみると、みなくっついています。
この場合の斧は、「」の斧や、木をきる道具としての斧ではなくて、
儀礼に用いるための器としての斧で、指揮権を象徴しています。
指揮権をもつ人、指揮する人をいうので、
子供を指揮するのは母親ではなく父親だったということでしょう。

「交」のほうもみてみましょう。

人が脚を組んでいる形。
とあります。
「大」という字は、人を正面からみた形ですが、
この脚を組ませると、「交」という字になります。
 「大」
 「交」
「父」とはまったくなりたちが異なっています。

「校」は、屋根に千木(交叉した木)のある建物をいいます。

声符は交。交に交積の意があり、木を組み合わせたものをいう。
『字統』にはあります。
脚を組むというのは留まること?で、
木の柱の校門で門下生が先生の話を聴いている?
のかと想像したりしましたが、そんな不真面目なことではないようです。

父にしても交にしても、
隷書では付けて書くことが多いようですし、行草では離して書くことが多いようです。

東晋 王羲之 奉橘帖(何如帖)

2005年2月19日 kodo | | コメント(7) | トラックバック(0)

王羲之は書聖といわれ、その書は古来手本として珍重されてきました。
そのため多くの模本が作られたのですが、
この奉橘帖(何如帖)も、搨も本のひとつです。

王羲之の書は、残されているもののほとんどは、手紙の書です。
この奉橘帖も、手紙です。実用の書であり、相手があったのです。
芸術を云々する以前のことであったわけです。
書に実用書と芸術書の区別はありません。

相手を思いながら、手紙を書くことは、
そのこと自体がとてもうつくしいことです。

相手のよろこぶ姿をおもいながら筆をもちたいものです。

xiyueさんの送る言葉に、「受け取る側が理解出来る言葉と文字で簡潔にまとめる」というくだりがありますが、相手に伝えたいことがある、伝えたいきもちがある、というのが大事なのだとおもいます。

「私はたとえ汚れてしまおうと、大事にしまっておかれるよりは飾ってほしいのです。」というxiyueさんのきもち。

澄翔さんの
「めでたいッ!おめでとーーーっ☆」
というきもちで書かれた命名書、「喜んでもらえるとうれしいな。。。」というきもち。

うつくしいとおもいます。

「東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」の臨書 Part3

2005年2月19日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」を半紙に臨書しました。
一字め「明」は、Part 2 のさいごにありましたが、
「日」への受けを書きたかったため「明」から書きました。
」の字は、「目(囧)+月」。

「明日當復悉由」

「東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」の臨書 Part2

2005年2月19日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」を半紙に臨書しました。

「餘近集存想明」

「東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」の臨書 Part1

2005年2月19日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

「東晋 王羲之 奉橘帖(平安帖)」を半紙に臨書しました。

「平安脩載来十」

2005年2月16日 kodo | | コメント(5) | トラックバック(0)

明という字は、冏(囧)に月です。
なので、本来は眀(目+月)と書くのが正しいといえるでしょう。

漢隷や魏碑、羲之の行書をみても、眀と書いていますし、
時代が下って
初唐の楷書である虞世南や欧陽詢、褚遂良の楷書を見ても、
眀と書いています。

目+月とかきますが、左側は、目鼻口の目ではありません。
いつごろから日+月とかくようになったのでしょう。
ちょっと調べてみたいものです。

日月明なり、などといいますが、この場合の日は太陽のことでしょう。

明の字のなりたちは、太陽と月ではなく、
月光、月のあかりをさしています。

左側は、日ではなく冏(囧)です。
つまり、窓です。
窓に月光のさしこむところをあらわしています。

古い時代の中国北部の黄土地帯では半地下式の住居が多く、竪穴を中心に作られた部屋の窓は一つであり、そこから入る窓明かりを神の訪れとみたてて窓のところに神を祀った。それで神のことを神明という。
と白川静氏の常用字解にはあります。

明は、窓から月明かりが入りこむことをいい、その窓のところに神を祀ったのです。
神の前で血をすすって誓うことを盟といいます。

皿のうえに点があるものは、血です。
牛や羊の犠牲(いけにえ)の血は、神への供え物でしたし、
祭りにつかう祭器などがつくられたときには
さいごに血をぬって清めることをしたそうです。

盟のばあいは、皿ではなく、血になります。
だから血盟になるのです。

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兔(うさぎ)

2005年2月15日 kodo | | コメント(6) | トラックバック(1)

兔は、うさぎの形そのままです。
兔の字には点がありますが、
これは甲骨文をみると、尾にあたるようにみえます。

甲骨文をみると、
なぜか動物はみな足が左を向いています。
頭が上に書かれています。
「犬」や「馬」、「魚」にしてもそうですよね。
ふつうなら足は下にかくのではないでしょうか。
これはやはり犠牲と関係があるのかもしれません。

ところで、うさぎというと、兎の字のほうが見慣れていますが、
「兔」が正字で、「兎」のほうが異体字です。

点がない「免」とはまったく異なる字です。
説文解字には、「免」という字はでてこないそうですが、
やはり字形が似ているので、
「免」と「兔」とは誤同された解釈もあるようです。

字統によると「免」には二系統あるようです。
ひとつは、免冑、冑を免(ぬ)ぐ形。免脱の意。
ひとつは、分娩のかたちで、股間を開く形。
もと字源を異にするものだったのですが、
甲骨文もとても似ている字形であるため、
のちに一緒に混一してまぎれるようになったと書かれています。

kanzanさんの今日の一字での
xiyueさんとkanzanさんとのやりとりで、

饞(chan・チャン)

舌が肥えているとか、口がいやしいとかの意味。
というのをしりました。

ということは、饞人だと、食通、食道楽、というような意味になるのでしょうか。

毚という字には、うさぎが二羽えがかれています。
下が兔なのはわかりますが、上の部分も兔。
字統によると、

二兔に従う。一兔が跳躍して一兔を超える形。疾走してのがれるときの姿である。
また、
毚に従う字は、高く跳んでこえる、危急の状態などの意をもつ。
とあります。

兎は一羽二羽と数えますが、それは兎は尾のない鳥とみなされたからです。
四つ足のものを食べることを禁じられても、
兎だけは鳥とみなして食べることを許されました。
二本足でぴょんぴょん跳んでいるからでしょうか。
たしかにすずめがぴょんぴょんするのと似ているともいえますね。

動物とはみなされなかった、かわいそうなふしぎな動物です。
月兎をよんでみると、
月にうさぎが住んでいるとかんがえたのは、
日本だけではないようです。

書作展に顔写真

2005年2月15日 kodo | | コメント(1) | トラックバック(0)

九州・山口・沖縄代表書作家展の会場風景を
sumi-mojiさんが公開されていらっしゃいました。

その写真を拝見したところ、ひとりあたり作品が2点ほどあり、
作品の右に、作者の顔写真があるのがわかります。

写真のしたには、作者の紹介、作品のよこには作品の釈文らしき解説がついています。
会を主催されている諸先生方の展示のようですから、
どの会がどのような書を書かれるのかがわかりますし、
作品もバラエティに富んでいることでしょう。

書は人なりといいます。
書画は作品がすべてです。
作品をゆっくり楽しむというものではないのかもしれませんが、
それにしても
写真やコメントがあるのとないのとでは、情報量に雲泥の差があります。

書作展というと、
作品だけをならべてあるものを想像してしまいます。
しらなかったのは私だけかもしれませんが、
さまざまな視点でものをみることの大切さを痛感しました。

代表作家展という性格上、作品の鑑賞だけが目的ではありません。
その先生を知る、その先生の現在の目指している作風を知る、
ということも目的のひとつになります。

書をなさらないかたがご覧になられても、これなら納得しやすいのではないでしょうか。

秋華洞さんの日本美術そうだったのか通信「妻よ、違うのだ」に、

人はその人の物語を含めて作品を買うのである。
その絵はその絵だけで成り立つのでなく、その人の遺した作品や生き方の軌跡のなかで浮かび上がる一作品なのである。
とあります。
書だけを鑑賞しているわけではないのです。
「ひと」がうかびあがってくれば、その作品が身近になります。
感動した作品をつくったひとをしりたいというのは人情です。
心酔するひとの作品を観たい、というのも同じことでしょう。
もっとも、書家の書に「物語」をもとめるのはむずかしそうですけれども。

ちなみに秋華洞さんは

本当は、その線を選ぶ理由、その筆致を選ぶ理由、の厳しさ、あるいはその作者なりの気迫のようなものがこもっていない限り、感動はないのではないか。と、思います。
ともおっしゃっています。

書籍で、やはり顔写真と作者の略歴とコメントつきのものをみたことがありましたが、
実物でそれを実現しているのをみるのははじめてでした。

親しみをもってその作品を観ることができそうな気がします。
その先生の作品をさらにゆっくり見たいと思えたらすばらしいことです。

自分の目で真剣にもの(ほんもの)をみるということ

2005年2月 6日 kodo | | コメント(1) | トラックバック(0)

xiyueさんの、20年間ずっとともにに、とてもすてきな話がありました。

「本物を十分堪能しなさい」

「本物見た直後に何故偽物(葉書等)買うの?」

これを読まれたtianpianさんは、鳴鶴先生の話(柴田墨城) で、

「本物を見るということ、そして本物の見方のようなものを感じました。」
とおっしゃっていますが、私も同感です。
そのtianpianさんのページには、日下部鳴鶴先生の話が載っています。
矢張努力して写した方が余程修養になつたと今更思うて居る。其物が手元にあるとなかなか写す気持にならぬ。借りて居ると早く返さねばならぬと懸命に勉強するから非常な薬になる。
一期一会なのですね。
そのときになんとしてでも、という覚悟がないといけないということです。
古人は、法帖の一行でもあれば開眼したそうです。

私なども、つい図録を買ってしまいます。

展覧会の展示会場には、わきに解説がかならず付いていますが、
それらを読んでいると、つい、分かった気になってしまい、
だいじなものを見のがしてしまうような気がするのです。
なので展示会場ではそれらを読むことはできるだけ控えるようにしています。

先入観なしに、本物をみたい。
すこしでもじっくりと、本物をみたい。
そのときの印象をだいじにしたい。

そういう意味では、事前の学習もいらないようですが、
やはり背景などの知識は最低限ないと、
その「もの」をみる見方も浅いものになりがちです。

解説などは、図録を買えば、あとで読めます。
でも、たしかに図録をあとで読み返すことはすくないのです。
買ったことで安心してしまうのですね。
日下部先生のおっしゃったことはまさにずぼしでした。

自分のほんとうにこころを打つ本物をしっかりと「みる」こと。
その大切さを、この二つの記事はあらためて教えてくれました。

「東晋 王羲之 奉橘帖(何如帖)」の臨書 Part2

2005年2月 1日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

東晋 王羲之 奉橘帖(何如帖)」を半紙に臨書しました。

「體比復何如遅」



「東晋 王羲之 奉橘帖(何如帖)」の臨書 Part1

2005年2月 1日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

東晋 王羲之 奉橘帖(何如帖)」を半紙に臨書しました。

「羲之白不審尊」