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兔(うさぎ)

2005年2月15日 kodo | | コメント(6) | トラックバック(1)

兔は、うさぎの形そのままです。
兔の字には点がありますが、
これは甲骨文をみると、尾にあたるようにみえます。

甲骨文をみると、
なぜか動物はみな足が左を向いています。
頭が上に書かれています。
「犬」や「馬」、「魚」にしてもそうですよね。
ふつうなら足は下にかくのではないでしょうか。
これはやはり犠牲と関係があるのかもしれません。

ところで、うさぎというと、兎の字のほうが見慣れていますが、
「兔」が正字で、「兎」のほうが異体字です。

点がない「免」とはまったく異なる字です。
説文解字には、「免」という字はでてこないそうですが、
やはり字形が似ているので、
「免」と「兔」とは誤同された解釈もあるようです。

字統によると「免」には二系統あるようです。
ひとつは、免冑、冑を免(ぬ)ぐ形。免脱の意。
ひとつは、分娩のかたちで、股間を開く形。
もと字源を異にするものだったのですが、
甲骨文もとても似ている字形であるため、
のちに一緒に混一してまぎれるようになったと書かれています。

kanzanさんの今日の一字での
xiyueさんとkanzanさんとのやりとりで、

饞(chan・チャン)

舌が肥えているとか、口がいやしいとかの意味。
というのをしりました。

ということは、饞人だと、食通、食道楽、というような意味になるのでしょうか。

毚という字には、うさぎが二羽えがかれています。
下が兔なのはわかりますが、上の部分も兔。
字統によると、

二兔に従う。一兔が跳躍して一兔を超える形。疾走してのがれるときの姿である。
また、
毚に従う字は、高く跳んでこえる、危急の状態などの意をもつ。
とあります。

兎は一羽二羽と数えますが、それは兎は尾のない鳥とみなされたからです。
四つ足のものを食べることを禁じられても、
兎だけは鳥とみなして食べることを許されました。
二本足でぴょんぴょん跳んでいるからでしょうか。
たしかにすずめがぴょんぴょんするのと似ているともいえますね。

動物とはみなされなかった、かわいそうなふしぎな動物です。
月兎をよんでみると、
月にうさぎが住んでいるとかんがえたのは、
日本だけではないようです。

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2005年2月23日 03:05

コメント(6)

觀山 :

へぇー、そうなんだ!と、自分で元ネタ書いておきながら間抜けな反応をしてしまいましたが、ここまで調べていただくと嬉しいですね。
あの字の構成要素が「兔」だとしたのは私の推測にすぎず、活字の白文がその形になっていたからという、非常にあいまいな根拠がもとになっていました。
「免」ではないという判断材料もありませんでしたし。
自信が無かっただけに、おかげさまですっきりしました(笑)。
家には角川の「書道字典」くらいしかなく、調べようにも当然載ってませんでしたから、白川先生の字典が是非とも欲しくなりましたね。
文字の意味だけではなく、甲骨や金文で由来や成り立ちを理解することで、確りした結構の字を書くことができるのだと思います。

xiyue :

やっぱり日本語っていいですね(笑)。
日本語ならスラスラ読めるし、神経を集中させなくてもすんなり理解出来るのに。

実は昨日、文字の変化についての話の流れで「饞」の事も聞いてみたのです。
kanzanさんのところで書こうと思っていたのですが、こちらでバッチリ説明されていたので。
「饞」は変化の過程で点が省略されたもので、同じような例で「明」の日偏は目偏に、そして「土」にも点がついて要るものを書かれるのと同じで、「饞」も今では点が有っても無くてもどちらでも正しいのだそうです。
kodoさんの説明で現在の中国簡体字「馋」への変化の仕方もはっきり分かりました。
右は「免」の下に点が二つ。もともと「兔」が二羽の意味だったのですね。
「饞」に点が有るか無いかの質問は書を書く人間なら出て来ない、と厳しく注意されてとっても凹みました(悲)。

tianpian :

>尾のない鳥とみなされた
は、おもしろいです。小さい頃ウサギ小屋が裏庭にありました。わたしは犬や猫と同じペットだと思っていました。ところが、ある日おじさんがウサギの耳にバネばかりの輪っかをひっかけて計量していたのです。そして、幾ばくかのお金を父親に渡してそのウサギをもって帰ったのでした。そのおじさんは隣村のかしわ屋(鶏肉屋)さんでした。

kodo :

●觀山さん
文字学は学者によってずいぶんと内容がことなっています。
推論をたててみる、というのはとってもだいじなことだとおもいます。
それにしても觀山さんは勘が鋭いですね。

●xiyueさん
明を、目+月とかくのは、土に点をうつのとはちょっとちがうようにおもいます。
http://www.kodo-tamaki.com/2005/02/post_37.html
中国は、やはり漢字の本場なのでしょう。
いい加減なように見えても、法則からはずれることがありません。
書になっているのです。
中国の簡体字と日本の常用漢字の簡略化とを比べてみるとがっかりします。

●tianpianさん
ハングリーハンターさんhttp://homepage3.nifty.com/hungryhunter/index_recipes.html
にも兎の料理がありました。これなどをみると、かわいそうにおもいますが、私も鴨南蛮はだいすきですし、料理するところをみていないだけで、ひとのことはいえません。

xiyue :

「明」の例え話を「土」と同列にだして混乱させて失礼しました。
「明」には補足が有って、中国では意味自体が変化しているのです。
昔は「月亮・yue4liang4(月球)」で月を指していたのですが、
後に「照・zhao4(光を照らす)」の方を指すようになったので「日」になったそうです。
ただの省略ではないそうです。

xiyue :

すみません、抜けが有って分かりづらいですね。再送にて失礼します。

明」の例え話を「土」と同列にだして混乱させて失礼しました。
「明」には補足が有って、中国では意味自体が変化しているのです。
昔は「月亮・yue4liang4(月球)」の「亮・liang4(明るい・光る)」で月をそして光を指していたのですが、
後に光のみの「照・zhao4(光を照らす)」の方を指すようになったので「日」になったそうです。
ただの省略ではないそうです。

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