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上田桑鳩『臨書研究(上・下)』

2005年3月 7日 kodo | | コメント(5) | トラックバック(0)

興文社。昭和15年刊。

桑鳩氏は、天来翁の臨書を、

それは常に臨書は一家の見識を以てすべしと主張した如く、冩實的であつたが奴書ではなかつた。手本の缺陥を補ひ、手本よりも優れた臨書を創作せんことを旨とした。彼の創作はそこから生れたと云ふことが出来る。
と、第六章「古人の臨書に対する研究批判」の「比田井天来」の項において書いています。この項で、天来翁の「書の熟と生の問題」について、桑鳩氏は以下のように述べています。すこし抜き出してみます。(行あけは、中略。太字はkodo)

前者の生書とは個性そのままの現れたものを指し、後者の熟書とは習ひ込んで熟練し、洗練と習気によって観念的に達者に書いて個性の薄らいだ書を指すのである。

書を習ふのには熟達は必要であるが、熟達と同時に自己の本質の顕現をすることでなくてはならないのであるから、その為めには自己の持つて居る生粋の生なものを失はないで出さなければならない

然るに書を習はない人の書は野性そのままで生書である。それを洗練して格に入る為めに練習をしなければならない。さうすると自己の獨自性が薄ぐ。故にこの洗練されて本格になつて後に獨自性を出す為めに、洗練した中に自己の生のものを出す必要がある。さうすると澄んだ磨かれた中に味のあるものが出来る。

その味は筆者の個性から生まれるものではあるが、書を習はない前に出たものと、一旦習ひ込んでから出るものとは質が同じであつても野性と精選されたものとの差がある。

学書者はこの理を弁へて一旦は鍛錬して熟するが、更にその中に生なものを出すべきであつて、書は熟後の生でなければならぬことを主張した。

臨書方法は最初は極めて忠実精細に写実し、用筆法を合はせつつ筆意を得、手本の感じに合する様に習ふ方針であるが、単なる悪写実ではなくて、運筆の活動と、気合の合ふことを特に厳重にしたのであつた。

書を専門的に習ふ者には最初に広く学ばせて、一法帖を深く習つてその型に嵌めてしまふことを厳重に禁じたことは、他の一般の師匠とは異なつて居たのであります。

諸々の法帖を循環的に習ふことによつて手に習気の付くことを防ぎ、一つの型に嵌らないで上達し、且つ広く学ぶことによつて、多角型的に一つの法帖を見ることを奨励したのであります。

それで或は傑出したものとか、一つの型に於て完成したと云ふ者はないが、大きい未完成の者が多数養成されたのであります。

彼自身が誇るべき偉大なる未完成であつたと同様に、門下生も皆未完成のままに育てられたのであるが、そこに量り知れぬ将来性があるのであります。


天来翁を「偉大なる未完成」と言い切るあたり、じつに痛快です。
教育というものの要諦は、
型に嵌めることではなく、
将来性を引き出す、というところにあるのだとおもうのです。
いやしくも芸術の一分野たる書をおしえるのであればなおさらです。
習ったがために、自分の書が書けなくなってしまうひとのなんと多いことか。
天来翁が「習気」をとことん嫌ったのは、
天来翁が生粋の芸術家だったからです。
「生書」を岡本太郎氏に言わせると「爆発」ということになるでしょう。
偉大なる芸術家というのは、
まさしく桑鳩翁の指摘するとおり、偉大なる未完成なのです。

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コメント(5)

觀山 :

「書は熟後の生でなければならぬ」という点には深く同意できるものがあります。
熟練するという最初の段階が長いんですけどねぇ・・・
まだまだ自己を出すにはおこがましい字しか書けません。

tianpian :

天来門の昭和の大家達は、それぞれに個性がありますね。それぞれに本質というか理というか、大本をとらえて成長していった結果なのでしょうね。外見を真似ただけではああはなりませんものね。

kodo :

●觀山さん
熟練におわりはないですよね。おたがいがんばりましょう。自分を無にしてまなぶ、そうすることによってはじめて本質がみえてくるのだとおもいます。本質がみえれば、自分を失うことはないのでしょう。

●tianpianさん
「古人の跡をもとめず古人のもとめたる処をもとめよ」ということばをおもいだします。腹が据わっているというか、格がちがうというか。みな純粋なひとたちだったのですね。

大五郎 :

kodoさんこんにちわ。こちらでは、初コメントです。

一休宗純は死ぬるときに「死にとうない」と言ったそうです。
死ぬのが恐ろしいというのではなく、まだ悟るべきことが残っているのでまだまだ死ねない、ということなのでしょう。
高僧の紹介などで、よく「大悟した」ということが記してありますが、一休にとって「大悟した」らそれで人生おしまいでつまらん、といった思いもあったかもしれません。
日々の小さな悟りの積み重ね、それが面白いんですね。
書に携わっている私たちも、日々の生活や、人との出会いや、もちろん古典との語り合いなどによっても、小さな悟りが得られるのでしょう。
いつまで経っても、未完なのですね。だから面白い。

持って生まれた才能と、日々の小さな悟りの積み重ねと、書に対する熱い思いと・・・・・
そういうものを蔵したkodoさんの論は、書を学ばれる皆さんのよい指針となっていると思います。

kodo :

大五郎さん、ありがとうございます。
一休さんの「死にとうない」、重くおおきいことばですね。なぜか救われた気がします。
これでいいとおもったら、前進はありません。ほとけではないのですから、停滞はありえないのです。
中林梧竹翁の「錬心」の書を書きたい。
起ちてから臥るまで、諸事のひとつひとつ、あらゆることが錬心などというと、まるで禅のようですが、
人との出会いもそうですが、あらゆるものごとは縁だとおもいます。
錬筆のための錬筆ではなく、錬筆も錬心なのだとおもいます。
数千年まえの書が常に新鮮であるにもかかわらず、奇をてらった現代の作品が妙に古臭く感じます。
古典といわれるものは可能性を秘めているのでしょう。
歴史のなかで自分をとらえなおしたい。現代に生きる自分の書を書きたい。
それはいつの時代にも新しい書になりえます。
おおきな歴史のなかで生きています。数百年まえをみれば数百年後がわかります。
白川静氏の「道字論」に、
「道が外への接触を求める人間の志向によって開かれるものとすれば、それは他から与えられるものではない。その閉ざされた世界から脱出するために、みずから開くものである。道をすでに在るものと考えるのは、のちの時代の人の感覚にすぎない。人はその保護霊によって守られる一定の生活圏をもつ。その生活圏を外に開くことは、ときには死の危機を招くことをも意味する。道は識られざる霊的な外界、自然をも含むその世界への、人間の挑戦によって開かれるのである。」
とあります。先達のあゆんだ道も、自分が開いて歩まなければ、道にはならない、ということでしょう。
鈍牛のあゆみであっても、ゆっくり歩んでいこうとおもいます。
「高山に登らざれば、天の高きを知らず」。なので「学は以て已むべからず」です。
そして知らないのだということをますます知るばかりです。
まあ、それがたのしかったりして、ますますたのしみがふえるばかりなのですが。
これからもよろしくお願いします。

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