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静(青・月)

2005年3月12日 kodo | | コメント(4) | トラックバック(2)

sumi-mojiさんが、「静」の字のことで、ご紹介してくださいましたので、
」という字から、すこしたどってしらべてみます。

字統』にあたってみます。

青(靑)と争(爭)とに従う。青は青丹、争は力(すき)(耒耜(らいし)の形)を上下よりもつ形で、耜を青丹をもって清め、聖化する儀礼をいう。豊穣を祈り、虫害を避ける予祝の意味をもつもので、清め靖(やす)んずる意がある。
右の旁の争の部分は、もと争とは異なる字でした。
静の字にふくむ争は、力(耒(すき))を手にもつ形で、
そのすきを青で清め祓う儀礼
をいうそうです。

」は、杖状のものを、前後より相引いて争うかたち。
杖を引き合うところからきた字です。
ところが、静(靜)の旁の争とはちょっと異なっていて、
静の字の争の部分は、耒(力)を上下からもつ形なのです。
上下にある手はいっしょなのですが。
つまり、文字としての字形は同じになったのですが、
もとの字の構造は、ことなっていたものなのです。

の下の月は、丹ですよね。
青という字の旧字体は、「靑」です。
旧字体をつかっていれば、下の月は、円(丹)とおもうでしょう。
ただ、青の字の下を「月」というかたちにかくのは、
いまにはじまったことではありません。
書体字典などをみてみるとわかりますが、
漢隷ではすでに月とかいています。

丹には、丹(あか)と青丹(あおに)があります。
丹・青は聖色です。青で清めるわけです。

日本でも青丹はとてもだいじな色です。
これまた白川静先生の『字訓』からですが、「あを」の項に、

わが国では青は藍のように草からとった。草からとるものは緑や藍、玉には碧という。わが国でも土からとるものを青丹という。「青土」の意である。
「に【丹】」に、
土を意味する古語であるが、特に赤土のことをいい
ともあります。

丹の色の美しいことを「にほふ」といいます。
「にほふ」はもと視覚的な美しさをいうのでした。

「あをによし」という枕詞があります。
「青丹吉」と万葉仮名でかきます。
  あをによしならのみやこは咲く花のにほふがごとくいまさかりなり
という万葉のうたはご存知かとおもいますが、
日本国語大辞典(第二版)』の「あおに・よし【青丹―】」には、

1.地名「奈良」にかかる。奈良坂のあたりから、顔料や塗料として用いる青土(あおに)を産出したからという。
そこで、「あおに【青丹】」をひいてみると、
(「に」は、土の意)青黒色の土。
先ほど赤土のことを丹というとありましたが、
というのは井に従う字で、土や石から出る色のようです。

黒から白にかけての中間色はすべて青です。

1.色の名。五色の一つ。七色の一つ。三原色の一つ。本来は、黒と白との中間の範囲を示す広い色名で、主に青、緑、藍をさし、時には、黒、白をもさした。
と、『日本国語大辞典』の「あを【青】」の項にあります。
青ニ才などいうことばもありますが、
これは、若い緑からきたものでしょう。

参考までに、sumi-mojiさんの「「静」の字のこと」で、xiyueさんが、

中国では「青」は青色・緑色・黒を指しますが、一般的な空や海の色を表現する時は「藍」になります。
とコメントされています。

青の下には月があります。
月の部というと、「にくづき」とすぐにおもいます。
じっさい、ほとんどは「にくづき」なのですが、
」のかたちはいろんなものがごっちゃになっています。

おおまかにわけると、

 1.「にくづき」
 2.「つきへん」
 3.「ふなづき」
 4.「に」......(青)
 5............(朋)

となりますでしょうか。ほかにもあるかもしれません。
そういえば、チンジャオロースーのことを、「青椒肉絲」と書きますが、
中華料理のお店によっては、
チンジャオニューロース「青椒牛肉絲」となっているメニューがあります。
ニューというのは「牛」なのです。
日本ではチンジャオロースといえば牛肉ときまっていますが、
うちは牛肉をつかっているんだよ!と明示しないと、
豚肉だとおもわれてしまうのでしょうか。

肉と書いて、羊だったり犬だったりしたら怒りますけれども。
羊も犬も、いけにえとされたくらいですから、
神聖な動物だったのでしょう。

お酒のさかな、というときには、魚ではなくて「」という字をつかいます。
「さかな」と訓みますが、肉なのですね~。
日本酒の肴には、やっぱり魚(さかな)がお似合いです。
字統』でこの字をみてみると、
上の爻(こう)は骨の部分。骨つきの肉、あるいは骨まじりの肉。
とあります。「メ+有」ではないですね。

爻(こう)というのは、手が二つではありません。
これは千木形式の建物のかたち。
」という字の左側は、爻に子とかいています。
そこに子弟をあつめて教育するのです。
爻に子は、「学(學)」という字の初文です。

そして、この「爻+子」が、「教」の初文でもあります。
教えることは学ぶこと、なのです。
『字統』に

もと教・学は一系の字であり、支を加えるのは教える立場を示すとみてよい。
とあります。
教という字は、斅とも書きます。
「学」という字の俗字に「斈」というのがありますが、
こちらのほうが元のかたちにちかいですね。

爻(こう)は交差しているものを指しているので、
」などは、上の爻はすかし織、その下は布で、
すかし織りを加えた布のかたちです。
すかし織りは荒いので、少ない、荒い、の意となり、稀(まれ)ということになります。
希望という意味はもともとなくて、仮借なのです。

話がとびましたが、月にもどりましょう。

「ふなづき」の月の例は、
「前」という字につかわれている月です。
これは甲骨文をみるとわかりますが、舟のかたちをしています。
肉でも月でもないのです。

舟といえば、「」という字にも舟が入っています。
「受」は、舟の上下に手をかいたかたちです。
卜文・金文の字形は、舟を上下より手で授受するかたちなのです。
舟の上に手があるのはわかりますが、下に手とはなんでしょう(笑)

これは、舟は、盤の古いかたちなのです。
舟はものを盛る盤です。

運搬の搬には、手偏がついていますが、もともと般で、「はこぶ」という意味です。
この般が、盤の初文。
般というのは、舟(盤)をうつかたちで、音を鳴らしたようです。
打ち鳴らすことがどうして「はこぶ」になるのかわかりませんが、
音でも鳴らしながら、はこんだのでしょう(^^;

というわけで、受は、上下から盤を支えているわけで、
古くは、授と受と両方の意味にもちいたようです。

天皇は自分のことを「(ちん)」といいますが、
これは朕る(おくる)とよむ字です。
正字は「舟+ソウ(送の旁)」に作ります。
朕や送の旁のかたちは、両手でものを奉ずるかたちです。
盤中のものを奉ずるのは、神へおくるためです。
朕(ちん)とよんで天子の自称とするのは、秦の始皇帝にはじまります。
史記の秦始皇紀に「臣等昧死して尊號を上(たてまつ)る。~天子自ら称して朕と曰ふ」とあるそうです。

朕は、『漢字源』には、

もと「舟+両手で物を持ちあげる姿」で、舟を上に持ちあげる浮力のこと。上にあらわれ出る意を含む。転じて、尊大な気持ちで自分を持ちあげて称する自称となった。
とありますが、
舟を持ち上げるというのは......
舟という字の解釈がちがうのですね。
象形。中国の小舟は長方形で、その姿を描いたものが舟。
というのが、『漢字源』での「舟」の解釈です。

この月は、ほとんどが「にくづき」なのですが、
ほんとうに月としてつかわれているものもあります。

「期」という字にある月も、月でした。

「朝」というのは、草(艸)と日と月とにしたがいます。
草間に日があらわれます。でもまだ月が残っている、そんな状態が「朝」です。
金文には、この月の部分を「水」としているものがあります。
潮汐ということのようです。
この朝の月を「ふなづき」とする学者もあります。
たとえば『漢字源』では舟になっています。

金文は「草+日+水」の会意文字で、草の間から太陽がのぼり、潮がみちてくる時を示す。篆文は「幹(はたが上がるように日がのぼる)+音符舟」からなる形声文字で、東方から太陽の抜け出るあさ。
とあります。
「草+日+水」というところはいっしょですが、舟となっているところが『字統』とは異なっています

友の朋は、月がふたつですが、
漢字源』によると、月の部に入ってはいますが、

象形。数個の貝をひもでつらぬいて二すじ並べたさまを描いたもの。同等のものが並んだ意を含み、のち肩を並べたとものこと。
としています。
字統』もおなじです。
貝を綴った形。一連二系で、金文の図象に、それを荷なう形のものがある。

とすると、なんとなくという字もわかります。
連なったもの、並べたもの、ということなら、木の並んだものが棚でしょうか。

の月は、月です。『漢字源』には、

良は、きれいに精白した米をもたらすことを示す会意文字。清らかで曇りがないの意を含む。粮(リョウ)の原字。朗は「月+良」で、月が清くすんでいること。
とあります。

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コメント(4)

sumi-moji :

kodoさん
「静」の字から広がるいろいろな解説をありがとうございました。の資料を読みながら、疑問に思っていたことが解決しました。もとの字の構造が異なっていたのですね。
 字の成り立ちは本当におもしろです。kodoさんの解説、今度は何かしらと楽しみです。
“教えることは学ぶこと”…“学べるから教える”私です。をまず購入しようと思っています(^^)

sumi-moji :

ごめんなさい。
先ほどのコメントで、文字が出ていないところがありました。
  静   の資料を読みながら・・・
  字統  をまず購入しようと・・・
です。

kodo :

すみません。コメントにHTMLコードがあった場合は、無効にするように設定していますが、どうやら文字本体まで消えてしまうようです。解決策がみつかったら設定変更しますのでおゆるしください。

字統は、昨年12月に改訂版が出ています。私の持っているのは、改訂前の縮刷版なのですが、これからおもとめになるなら、改訂版のほうをおすすめします。

学生むけ?にやさしく書かれた字典に「常用字解」、漢和辞典に「字通」があります。私の書の先生に常用字解を紹介したらすぐにもとめていらっしゃいました。読みやすさでは、常用字解>字統>字通なのですが、それぞれ目的はことなっています。

私は字統をメインで参照し、常用字解はよみものとしています。字通はCD-ROMを買ったので、パソコンに向っているときには字通は立ち上げっぱなしです。中国ではどのように評価されているか知らないのですが、過去の学説にとらわれない態度で直接甲骨文のこえをきいた白川静先生の偉業に敬服しています。

文字の語源にはいろいろな学説があり、どれが正しいとはいえないのですが、現在の日本では白川説をひも解かないわけにはいかないという気がします。諸々の学説は古代と対話するきっかけをあたえてくれているにすぎないのです。

sumi-moji :

今度は書店に行っても迷わないと思います。ありがとうございました。

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