溪(谿)・奚
2005年4月 2日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
xiyueさんからリクエストがありましたので、「溪」と「谿」の字について書いてみたいとおもいます。
このふたつの字ですが、やはりどちらでも構わないようです。
どちらもおなじように用いられているようです。
漢和字典をみてみます。
学研の藤堂明保編『漢字源』では同義としています。「谿」の字を引いてみると、
[意味](名)たにがわ。谷。また、谷間を流れる川。[同]渓。
[解字]会意兼形声字。「谷+音符奚(糸でつなぐ、細い)」。糸がつながるような細い谷。ケイ(谷+奚)は別字だが、のち混用され、どちらも溪(=渓)で代用する。(注)熟語は【渓】を見よ。
「熟語は【渓】を見よ」(笑)
日本で最も収録語数の多いといわれる諸橋先生の『大漢和』で「溪」をひくと、
谿に同じ。〔集韻〕谿、山瀆無所通也。从水。[参考]熟語は谿を見よ。詳細は「谿」のほうをみてくださいということです。
白川静著『字通』だと谿を引くとやはり溪に導かれます。谿は項目すらないのです。
「溪」には、
旧字は溪、その正字は谿に作り、奚(けい)声。字はまた磎に作る。また、その[参考]に
奚は編髪の形で、そのように多少屈折しながら長くつづくものの意がある。
甲骨文をみると、おなじ字でもじつにさまざまな書きかたのある字がありますが、
もしかしたら、甲骨文には「谿」も「渓」もないのかもしれません。
説文解字には「谿」のほうで載っているようですが、
後代にはいずれももちいられているようです。
ということは、もともとの「奚」の字に、「谿」や「溪」の意があるのでしょうか。
じっさいの字形はどうなっているのでしょうか。
中華書局の『古文字類編』には、残念ながら「谿」も「溪」もいずれも載っていませんでした。
そこで、「奚」の字を古文字類編にあたってみました。
その形は、
人の形(ほとんどは手を広げた「大」の字ですが、跪いている形ものものありました)の
頭に糸がのっている形にみえます。
そしてその糸の横(右側だったり左側だったり)に手があります。
その手は又(ゆう。右手)やナ(さ。左手)とはちがい、腕が上から伸びてきています。上から糸をつかんでいるような形です。
『漢字源』の「奚」の説明には、
「爪(て)+糸(ひも)+大(ひと)」で、なわをつけて使役するどれいのこと。転じて召使のこと。
字統には「頭上に髪を編みあげた女子を牽く形で、女奴隷をいう。」とあります。
辮髪のひとです。
字形の部位についてや結果意味するものは、おおむね似たようにとらえていても、
それにいたる解釈となるとずいぶんと異なるものですね。
字通による「奚」の説明は、
卜文の字形は、頭上に髪を結いあげた女子の形。金文にもその図象化した字がある。結髪の形は羌族のそれに近く、辮髪(べんぱつ)を示すものと思われる。羌族(きようぞく)は卜辞に捕獲の対象としてみえ、また大量に犠牲とされた。殷墓にみえる数千の断首葬も羌族と考えられ、家内奴隷としても多く使役されたのであろう。
周辺の夷狄の民族がかかわりがあるのでしょうか。
白川氏の『漢字の世界』には、
奚は奚奴の字で、手を加えるのは奴と同じ意であろう。上部は特殊な髪形とみられる。とありましたので、辮髪のひとを捕らえて奴とする意があるのでしょう。
「奴」は、「女+又(ゆう)」で、又は手。女子を捕らえて奴婢とする意です。
奴としたのはもとは「女囚」だったようです。
そもそも奴は神に仕えさせられたのです。
神にたいする犠牲としての意味があったからです。
ただし「奴」の右にある手は上から覆いかぶさるような手ではありません。
それにしても手をかたどった字はとてもたくさんあります。
古代の文字には人のからだをかたどったものが多いのですが、
卜辞にみえる人体に関する字には、
人のかたちが、約400
大のかたちが、約200
人のひざまずくかたちが、約200
女のかたちが、約200
又(手)にしたがうもの、約600
止(足)のかたちをもつもの、約250
その他、子・目・自・耳などあわせて約250
合計で約二千字をこえるそうです。
これは卜辞の字形がおよそ八千字ですから、
文字の四分の一は人体にかかわる字だということになります。
そのうち600は又(手)にかかわっているのです。
「奚」の字には、手が上からおさえるようにあります。
「印」という字があります。これの左側もおなじかたちです。
手が上からおさえるようにあります。
篆書の印という字は左の部分が上にのっていますよね。
甲骨文ではこの手は左上にあります。
だから上でも左でもよかったのでしょう。
さてじつは又(ゆう)やナ(さ)の手は腕が下にのびていますが、
この手は上に伸びているのです。
「印」という字は、左上から手がおさえているかたちです。
抑えられているのは人です。ひざまずいているひとのかたちです。
なので、印という字には抑圧という意があります。
印は封印です。
「しるし」というのは神へ示したものです。
「妥(ダ)」というのは手と女です。妥協の妥だですよね。
女の上から手をくわえて、これをやすんずるかたちです。
妥協するのです。折れてやすんずるのでしょう。
たとえば「采(サイ)」というのはどうでしょう。
字統によると、「爪と木とに従う。木の実を采取する意」とあります。
???ですが、采地・采邑というのは、もぎとることです。
わが国にも采女という貢ぎの制があったようです。
「争(爭)」や「受」には、上下に手がありますね。
辮髪でおもいついたことがあります。
「鶏(にわとり)」という字にも「奚」がつかわれています。
にわとりの鶏冠(とさか)が辮髪に似ているから???
字通にあたってみると、
声符は奚(けい)。正字は雞に作り、鷄はその籀文。常用漢字は、その籀文によって鶏を用いる。卜文の字形は鳥に従い、卜文において鳥形を用いるものはおおむね聖鳥とされるものであった。その形は高冠脩尾、鳳(風神)に近い形にしるされている。とあります。
説文解字には、「雞は時を知る畜なり」とあるそうです。たしかに鶏は毎朝、時を告げてくれます。
殷・周の祭器を彝器(いき)といい、...(略)...、彝は鶏を羽交いじめにして血を取る形。その牲血を以て器を清めた。奚はその鳴く声。とあります。形声字の声符なのだそうです。甲骨文には聖鳥らしいりっぱな鶏の象形だけのものもあります。けれども、それ以外はおおむね横に奚があります。なにゆえに奚との形声にしたのか。奚は「鳴く声」なのだそうです。これはどうやら辮髪が鶏冠(とさか)に似ていたからではないようです。残念。
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