鳥・隹(鶏・鳳・風・集・雑)
2005年4月11日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
鳥には、【鳥】と【隹】とがあります。
鳥は全形であり、隹は省略した形です。
常用字解をみると、
象形。鳥の形。鳥の全形を輪郭で書いた形。「とり」をいう。鳥の形を簡略な線で書いた字は隹(すい)で、ふるとりとよまれ、一般には隹をとりの意味として用いる。甲骨文字・金文では鳥は神聖鳥のときに用い、鳥星のように祭祀(祭り)の対象となるような鳥のときに用いる。鶏(鷄)はにわとりの鳴き声(奚(けい))を写した字であるが、神聖な鳥と考えられたようである。
にわとりの【鶏】は、正字は「雞」ですが、字通によると、
卜文の字形は鳥に従い、卜文において鳥形を用いるものはおおむね聖鳥とされるものであった。その形は高冠脩尾、鳳(風神)に近い形にしるされている。ということです。卜文においては、にわとりは隹ではなく鳥だったということです。奚をつけない「鳥」の全形のもの、すなわち鳳(風神)に近いかたちのものもあるのです。
鳳凰の【鳳】という字ですが、卜文の字形には凡を加えないものがあるそうです。
つまり、「鳥=鳳」だったわけです。
そして、その鳳が飛ぶことによって風が生じるわけです。
なので「風=鳳」としても扱われました。
「鳥=鳳=風」
というわけです。
鳳について、字通には
もと風の意に用い、卜文は鳥形に凡の声符を加える。風はこの鳳の飛翔によって生じ、四方の方神に、天馳せ使いとして仕える風神があり、四方の風神にそれぞれの神名があった。鳳が神鳥とされるのは、その伝承による。
また、風については、
卜文の風の字形は、鳳形の鳥の形。その右上に凡を声符として加えることがある。とあります。また、
風は風神として、鳥形の神とされた。風神がその地に風行して風気・風土をなし、人がその気を承けて風俗・気風・風格をなす。さらに風情・風教のように、その語義は幅広いものとなった。とあります。
蘭亭序の「風」という字は、中の「ノ」の部分を「一」と書いていますが、
これは「凡(ハン)」という字だからだったのですね。
凡のなかは、点ではなくてもともとは「一」です。
凡というのは舟(盤。ふねではありません)のかたちだからです。
風の鳥のあたまには神聖な鳥なので冠かざりがついています。
なんで「風」は、いまは「凡+虫」なのか、というところですが、
「虫」は昆虫ではなくて、虫(き)、竜をふくめた爬虫類のかたちです。
鳳や龍がおこすものであるわけです。
【集】というのはとりがあつまることです。
木のうえに隹(とり)がとまっているかたちです。
隹を三つ上にのせたかたちも古いかたちにはあります。
多くの鳥があつまって木にとまっている状態なのでしょう。
目にうかぶようです。
鳥占というのがあったようです。おそらく鳥の集散する状態によって占ったもののようです。
卜文では、神話的な鳥の表示には鳥をかき、一般には隹を用いますが、
祝詞の器(口(さい))の前で鳥占をするのを「唯」といいます。
「唯」というのは、神の承認を意味します。
鳥が集まった集という字ですが、この字を含む字に【雑】という字があります。
旧字体では「雜」につくりますが、旧字は「襍」です。
分解すると「衣+集」になります。
常用漢字の字形しかしらないと意外だったりしますね。
左上の「亠+从」というかたちは「衣」だったのです。
しかしなぜ右下の木が左に来てしまったのでしょう。
それでは鳥があつまらないのでは?などと心配してしまいます。
衣を染めるのに、多くの種類の草木の染め汁をもちいます。
そうやってさまざまな色の衣をつくったわけです。
多くの色が集まり、まじることを雑というのです。
しかし、朱に交わればではないですが、まじっちゃだめなんですね。
雑多というのは、いろいろ入りまじることですが、
そうったものは価値が低いものとされてしまいます。
雑木林にある雑木は良材とはなりません。
乱雑や粗雑にはならないようにしないといけません。
参考文献:「字通」、「字統」、「常用字解」
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