偶然とは
2005年5月11日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
高梨豊
偶然はいけない。広告における写真とは、一つの決定されたイメージにむかって結集するための技術の提供である。技術にとどまる。偶然が忍びよってきては困る。たとえ幸福な偶然であっても困る。もっともその困る偶然の幸福を、つぎの機会に、決定されたイメージとして利用することはあるかもしれないが。
高梨豊
イメージをもって外へでる。ところがくいちがう。イメージの再構成をはかる。さらにもう一度崩れる。その崩れた瞬間に、思いもよらぬ偶然がはいってきた時こそ、理想的である。思ったとおりに撮れた時はつまらない。
東松照明
偶然とは、思わぬできごとであり、予想外、ある場合は、期待はずれであり、メスリである。作家はイバれない。誇りにしてはいけない。だが無視して写真は成立しない。偶然を飼いならすというか、偶然を全制作過程に組みいれる。
長野重一
思考の最先端は、できるまではわからないものだ。撮ってみなければわからないとはこのことだ。だが『タナからボタ餅』ということは、けっして偶然ではない。かまえて網をはり、すくいあげるのだから。偶然にたいして受けとめられなければ、もはや偶然ではない。自分の志向の逆の方向からきた偶然も、認識できれば偶然ではない。
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