占い
2005年6月12日 kodo | 個別ページ | コメント(6) | トラックバック(1)
日本歴史占い(http://uranai.artisthouse.co.jp/)というのがあって、妻が面白いからやってみよとすすめられるがままにやってみました。生年月日と性別だけなので、エゴグラムなどとは違って単なる占いなのですが、こういった結果を読むと、自分を振り返るきっかけにもなるものですね。
みなさんもよろしかったらぜひやってみてください。
結果は、私は宮本武蔵ということでした。
危なっかしくて見ている人をハラハラさせ、あなたがよしすることは、従来の常識・定石から大きく外れていることが多いのです。やるぞと決めたら、それまでの経緯や人間関係、時間や場所もお構いなしで、まるで宮本武蔵。だから、並の人間には到達できない境地が開け、大きな業績が上げられるのです。武蔵の剣は師匠につかない独自のもので、ましてや人に仕える器でもなし。結果的に『五輪の書』とう不朽の作が残されました。
頭脳・知性
ひらめきの鋭さ、創造力は他の追随を許さず、独自の世界を開拓していく。助言に耳を貸さないので疎まれることも多いが、根は案外と単純。放任主義のもとで才能を開花させる。
センス
人間関係、衣食住_あらゆる面でバランス感覚に欠け、バランスをとろうとするとかえって崩れる。対外的には何とか繕っていたとしても、身近な人にはかなり迷惑をかけているはず。
感情
大きな態度をしていてもウソをつくと顔が赤くなるような小心者だが、プライドの高さは人一倍。ある意味純情で根回しなども下手なため、ツメの部分で失敗することも多いはず。
外見・言葉
本人はフレンドリーにしているつもりでも、とっつきにくい印象は拭えない。変わった風貌・雰囲気に相手が引いてしまうことも。
行動
挙動不審気味。計画や予定にとらわれず、その時々の思いつきで行動する。距離や時間の感覚が他の人とずれているのでよくも悪くも神出鬼没。
ちなみに以下は以前やったエゴグラムの結果です。こちらは心理分析に近いので、胸をえぐられるようなおもいがします。
性格
人付き合いの為に神経を磨り減らしてしまうタイプです。仕事に対する責任感とか、思い遣りや同情心、感情の潤いなどについては、標準的なタイプなのですが、日常生活における状況判断となりますと、かなり行き当たりバッタリの面があります。冷静な分析力や判断力、計算力に欠ける面が大きいのです。しきりにイイ子に成りたがっているのですが、その旨い方法がなかなか見つからず、何時も悩んでいるタイプです。人間関係と世渡り計算の帳尻合わせに、今後もなかなか大変でしょう。
恋愛・結婚
恋愛や結婚に対する反応や見通しを苦手とすると同時に、なかなか積極的にアタックする事が出来ないタイプでもあります。又、異性との関係において見当違いの錯覚をしたり、相手と自分がそれぞれ、どの位の値札を張れる人間なのか、その釣り合いは性格も加味してどうなのかと云う様な計算が、どうしても出来ないタイプです。
職業適性
職業的には一寸、責任有るポストには、付き難いグラフ型です。現実的な処理が的確に出来ないのと、余りにも対人関係に気を使い過ぎる点がネックと成るからです。出来得るならば、技能職的な自由業を選ぶべきでしょう。
対人関係
貴方は自分の回りの人間関係を、もう少し合理的に整理し直すべきです。貴方を取巻いている友人、知己の人々の内、果して何人が貴方にとって本当に必要な人なのか、どうかを冷静に判断し、不必要な人や付き合う事によって却ってマイナスになる様な人は、どんどん切り捨てるべきです。人付き合いに余計な神経を使うタイプの貴方は、なるべく人間関係を身軽にして、仕事やその外の事に力を注ぐべきです。
自己紹介がわりだとおもって、わらってご想像ください。
占い、妻がすきなので、私も面白がって結果を聞いたりしています。
文字のはじめは亀甲占いだったわけです。占いによって神のことばをきいたわけです。
ひとは生きているかぎり迷うものだ、といいます。しかし、迷いは占いでは解決できません。街角の占いを受けるひとも、経営者などが多いといいます。決断できないのに経営者とは...ともおもいますが、トップは決断を強いられます。自分のことは自分が一番よくわかっているつもりでも、結局は自分というものがもっともみえないものなのでしょう。
古代、甲骨でうらなったことがらにはさまざまなものがあって、自然から王室の公私の問題についても、貞卜して神意をとうたわけです。内容は生活全般にわたっていますが、王朝の運命までもほとんどうらないにかけています。
そして甲骨文には、うらなった結果まで記録しています。その後の経過まで刻しているものもあります。
これがなにを意味するのかは諸説あります。吉凶の予占そのものが問題であったなら、刻辞の必要はないわけなのですが、それを要求するには、それ相応の理由があったのであろうとかんがえられるからです。
白川静氏の「甲骨文の世界」にはつぎのようにあります。
刻辞に朱を施してこれを聖化するのは、貞卜という行為が、単にその予占にとどまるものでなく、卜兆を通じてそこに示された神意は、将来に向かって実現されるべきものであるという意味を荷なうのである。すなわち卜辞は、貞卜によってその行為が完結するのではなく、貞卜の結果が現実となることを要求する意味をもつ。したがってこれをその卜兆の旁に刻し、塗色して聖化し、なお将来の機能に期待し、その実証されたことを証示する。それゆえに刻辞が必要なのであった。そしてそれを証示することによって、神聖な王の権威を確かめるものとなる。それは王の神聖性を保証する古代的な方法であった。そこに巫祝王としての殷王の性格をみることができよう。さきほど、経営者がうらなっているのとはまったく性格がことなるわけです。古代の王は、迷ってうらなっているわけではないのです。経営者が、「うらないで決めました!」などといったら、お前馬鹿かと相手にもされないでしょう(笑)。
貞卜は神意を問うという行為であるが、それは神を絶対化するものではなくて、むしろ神意を介して王を絶対化する道であった。王の出処進退を卜するのは、神意によってその行為を決するためというよりも、卜問そのものが王の行為を神聖化し、修祓する意味をもつ。古代殷王朝の内面の性格をみる上で、とても大切なことだとおもいます。
ちなみに、亀の「その予知能力は同じく占いの道具である筮竹に勝るとされ、両者の卜占の結果が異なったときには亀卜の予兆のほうを取るべきだとされた」そうです。
cf.
亀博物館>神話>6.亀[伝承,民俗〔中国〕]
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コメント(6)
觀山 :
商は宗教国家であったようですが、その頂点にいた王は聖職者としても最上位にいたと考えられます。
王の言葉はすなわち神の言葉であり、それに基づく行為にはやはり目に見える形での裏づけも必要だったということでしょうか。
占いに不可欠な亀甲は南方の海でしか採取できず、それを大量に集めるだけでも大変だったんでしょうね。
kodo :
●觀山さん
こんにちは。コメントありがとうございます。
神聖王朝殷はひとつの王朝にすぎませんが、殷王朝と諸氏族との間には絶対的神政的支配が成立していたのでしょう。白川氏は、周の時代になっても殷民は、同じ神話をもたぬ周族に対して「超然として蔑視する敗北の思想」をもち、老荘の思想もおそらく殷の地の生み出したものであろう、としています。
亀は私はおそらくウミガメではないとおもいます。推測でしかないのですが、これだけの量のウミガメを手に入れるのは困難のようにおもいます。大陸だからなにがあるかわかりませんけれども(笑)。これについては、別に書いてみます。
龍山文化のころから獣骨の占いはあったそうですが、亀甲は殷前期からのようです。
りんりん :
私は占いがだい好きでその答えは信じる方です。ついに先生について数理学という易学を学び始めてしまいました。難しくて覚えられません、というよりも本業の方の勉強が忙しくて復習が出来ず毎週叱られてばかりいます。でも先生の出す答えはよく当たっているので、何とか身につけたいと思っています。
kodo :
●りんりんさん
易学とはすごい。易は西洋の占いとは異質な気がします。確率の問題ではありません。
東洋は「気」を感じる文化です。日本人は「間(ま)」と表現しましたが、時にも「間」があり、空(くう)にも「間」があり、人にも「間」があり、易学はそういった「間」の流れを観じ、「気」を活かす学問の一つではないかとおもいます。あらゆるものの思想の根底に易があるようにおもいます。私は不勉強ですが、易経は中華の精神の奥深くを学ぶには避けて通れないものなのかもしれません。
鷺游 :
こんにちわ。
先日は拙頁へお越し下さり、誠に有難う御座いました。
大変に興味深い内容ばかりで、時々拝見しましては、勉強させて頂いておりました。上記の亀甲の記事等は拝読していて、ワクワクしてしまったくらいです。
西洋でも現在では、東洋の易学の奥深さに興味を持ってかなり深く学ばれる方が多くなっているようです。医学の世界でも西洋で元来伝わる実証的なものでは限界を感じて、東洋的思想から易学を応用されていく方等、東洋人でも驚く程よく学ばれている西洋の方も益々増えているようです。中にはオカルトになってしまう場合もあるにはありますが、、
これからも、色々と参考になる充実した記事を楽しみに伺わせて下さい。事後承諾となりますが、拙頁よりリンクを結ばせて頂きました。今後とも何卒宜しく御願い致します。
kodo :
●鷺游さん
こんにちは。お返事遅くなりすみません。
「亀」拝見させていただきました。
亀らしくていいですね。
新字体は亀を上から見ているようですし、胴も分かれてみえてしまいますので亀を想像しにくいですが、やっぱり足は欲しいですね。新字体の亀をみると、インドの蛇つかいが笛を吹いて、トグロをまいていたコブラが頭をあげて踊りをしているように見えてしまいます。
こちらからもリンクさせていただきました。これからもよろしくお願いいたします。
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