甲骨文に使われた亀甲
2005年6月13日 kodo | 個別ページ | コメント(5) | トラックバック(2)
獣の肩甲骨の裏面に火をあて、表面にできた割れめで吉凶を占うのは、龍山文化のときには、すでに広く中国全土で行われていました。亀甲が用いられるようになるのは殷前期です。
ここで觀山さんが
占いに不可欠な亀甲は南方の海でしか採取できず、それを大量に集めるだけでも大変だったんでしょうね。
とコメントしてくださったので、疑問が湧いてきました。
卜占につかれた亀甲は、ウミガメだったのでしょうか。
いま、我が家にはつい先日祖父が池で捕まえた3cmほどのミドリガメを飼っています。近所の子も飼っていて2年目くらいですが、すでに15cmくらいになっていて、ときどき落としたりして大丈夫なのか心配ですが(笑)、ミドリガメは数年で2、30cm近くになるといわれています。
亀にはいろんな種類がありますが、甲骨文として発掘されているのは、たいてい15~30cmくらいの亀の腹です。なのでこの亀の腹は使えるかな~とよからぬ想像をしてしまいます(^^;
先日、天来書院のテキスト「甲骨文」をもとめました。これは実物大で勉強にはもってこいです。小さなものでも15cmくらい、大きなものだと30cmくらいあるかもしれません。
私が驚いたのは、この亀にほんとに細かな字で彫られていることでした。亀が小さいのだから、字も小さいのはわかりますが、本物を拝見したことがなかったので、想像が誤っていました。牛骨はもうすこし大きい字で、亀甲の字もこの程度だろうと思っていたのです。亀が15cmからとちいさいなかでうらなうのだから当然といえば当然ですが、木簡よりも細かいものがある、というと想像できますでしょうか。
亀の入手先ですが、「古代中国」(貝塚 茂樹・伊藤 道治/著、講談社学術文庫)に、
亀甲は、何百枚とまとめて、東南の遠国から納められたばあいが多い。これに対して牛骨は、殷都で牛を殺して得たものが大部分である。とあります。
牛は殷人が牧畜、亀は他国から貢納ということのようですが、天来書院のテキストによると、たとえば我族は何度も千匹を納入している例があったりするそうです。
亀の分類には、
1.海亀・陸亀
2.水棲種・陸棲種・半陸棲種
というわけかたがあります。
1のウミガメとリクガメは区別がつきやすいのです。手足の形がずいぶん異なりますし、体に対する甲羅の大きさも異なります。英語では、ウミガメは「turtle」ですし、リクガメは「tortoise」ですが、なぜか中国や日本でははっきり区別しません。「兎と亀」は徒競走するくらいですから、"tortose and the hare" です。そういえば兎も「rabbit」ではありませんね。
現在、亀は約270種とされていて、その内8種類が海亀になります。
海亀と陸亀との大きな違いの1つとして、頭や船のオールによく似た大きな手足を甲羅に引っ込めることが出来ません。理由は、海の中で楽にそして早く泳げる様に、甲羅を出来るだけ小さく水の抵抗がない流線型にして体を軽くしたためでしょう。ですから、彼らは身の危険を感じると驚く速さで泳いで逃げてしまいます。
とあります。小さなウミガメを捕獲するのは困難ですから、もし捕獲可能だとしたら、産卵のときだけでしょう。
たいていは温かい海で生活していますが、産卵の時のみ砂浜に上がります。
2の分類として、水棲のカメと陸棲のカメとがありますが、卜占にもちいたのは腹の平らなほうですから、天来書院の「甲骨文」テキストを見ても水棲か陸棲かはわかりません。8種しかないウミガメは水棲に分類されるのでしょう。
白川静氏の「甲骨文の世界」には、
亀には大小いくつかの種類がある。みなその土地に産したものであろう。大亀には三十センチを超えるものがあり、小亀も概ね十五センチ以上である。ときには南方のマレー産かといわれる大亀もあるが、董氏が発掘した大亀四版はいずれも三十センチ前後の、ほぼ同じ大きさの亀版であった。占卜には腹甲を用い、背甲を用いることはきわめて稀である。とあります。「その土地に産した」ということは、水棲か陸棲かはともかくとしても、ウミガメではないとおもわれる表現です。また、背のほうを用いたものもあるという書きかたがされていますが、その背はおそらく水棲のカメでしょう。すべてではありませんが、陸棲のカメはたいてい甲が山のようになっています。
「南方のマレー産かといわれる大亀」とあるのは、ウミガメかもしれません。
では実際に卜占に使用された亀甲とは、どの種のカメのものだったのだろうか。殷墟出土の亀甲を鑑定した結果、中国の江湖中に棲息する膠亀や陸地亀と同じで、また中国近海やマレーシア半島付近に棲息する海亀と同種のものであるらしい。この膠亀とはクサガメのことを、陸地亀はリクガメ類のことを指すのだろうと思われる。この「海亀と同種のものであるらしい」という根拠が「孟世凱『亀が語る歴史―甲骨文字と漢字の起源―』、21頁、狼烟社、東京、1984」としてありました。天来書院のテキストにも参考文献でありましたので、後日みてみたいとおもいます。
さきほど引用した「古代中国」では、
亀甲は、何百枚とまとめて、東南の遠国から納められたばあいが多い。とありましたが、「甲骨文の世界」では、
みなその土地に産したものであろう。と書かれています。
「甲骨文の世界」には以下のようにもあります。
また亀版のときには、背甲と腹甲をつなぐ部分、すなわち四股の出る中間の部分を切り開いて、腹甲のように平らかにしたところ、甲橋とよばれている部分の裏がわに、同じく貢納者とその数がしるされている。これは甲橋刻辞とよばれる。貢納者は概ね王畿周辺の諸族であった。ここで「王畿」とあるのは、地名ではなくて、王の力が及ぶ範囲のことです。この「王畿周辺の諸族」の部族名称と貢納した数は、亀甲に彫られていますが、どこから亀を入手したか、というのはわからないわけです。
亀甲はやはり堅いようです。
小野田雪堂先生は、背のほうは刃が立たない、とおっしゃっていました。
それでも、腹のほうでも、やはり堅いことには変わりないようです。
「甲骨文の世界」に
『周礼(しゅらい)』に亀卜の修治の法が述べられており、『史記』の「亀策列伝」は補入の文であるが、亀卜の法をしるしている。それらの記述によると、亀は秋に採取されて飼養する。翌春になって、その形体や色のよいものをえらび、卜亀を定める。その亀には、血を注いで清める釁(きん)という清めの式を行なう。その儀式は年頭になされる。「亀策列伝」にはそれを祓(ふつ)とよんでいる。こうしてえらばれた亀は朝ごとに清水で洗い、卵で清めたようである。とあります。
吉日をえらんで、亀を壇上にすえ、犠牲をそなえて祀り、釁礼を行なってから肉を刳(そ)ぐ。鋸で横腹を切りとって上下を離し、酒をそそぐ。腹甲にやすりをかけて平らかにし、周辺の形を整え、磨きをかける。ただ、その膠質(こうしつ)をどのようにして抜いたのかは明らかでない。膠質を抜かなければ、堅くて刃は立たないようである。
秋から翌春まで飼養するわけですから、ウミガメはやはり困難ではないかと想像できます。もっとも、これは『史記』の記述であって、殷の時代から下ること千年以上も後のことです。
それでも、やはり史記の時代にも亀卜の秘伝は伝わっていたようです。
「古代中国」には、次のようにあります。
西周以降にも卜占に使用した亀甲や獣骨が多数発見され、戦国時代や、最近になって四川で唐代の卜亀も発見されている。
「文字の文化史」(藤枝晃著)には、
日本では歴代天皇の即位の大礼に卜部の家々によって亀卜が行われることになっていた。方法は家ごとに、父子の口伝となっているそうである。大正天皇の御大典に、卜部の家々に亀卜を行なうように命が下りた。ある家で紀州の漁師に命じて、やっと玳瑁の甲羅を一枚入手した。家中もうもうと煙がたちこめるほどに甲を焼いたが、うまく占いができなかったと、別の卜部の人から聞いたことがある。明治が四十五年続く間に、口伝は肝腎の所を落として伝えられたものと見える。とあり、亀甲の卜占が日本近代にまで伝わっていたということがわかります。「紀州の漁師に命じて」とありますから、紀州のきれいな海でつかまえたウミガメのようです。
殷人の文化は東方的な性格をもつものであるが、そのことは殷人が創始したと考えられるその文字文化を通じてもきわめて顕著にみられるものである
少なくともかれらが沿海の諸族と親縁の関係にあるものであったことは、疑う余地のないことである。
殷人はそのような沿海諸族と接触しながら、その支援を背景として西方に進出し、すでに河南西部に相接してそれぞれの先史文化をもつ狄系の夏、戎系の氐・羌、また南方の苗・黎の諸族と相争い、次第にこれを制圧して、ついに王朝を樹立した。とあります。また、
殷の滅亡は、上下が酒に淫したためでなく、また紂の暴虐によるのでもなく、むしろ東方諸族の背反にその原因があった。と「甲骨文の世界」にはありますから、白川氏の説によると、東方の沿海の諸族の位置は重いものだったことになります。そして西方の周に滅ぼされるわけです。
沿海の諸族と親縁の関係にあるということは、ウミガメを入手した可能性も否定できないかもしれません。
南方の種族との関係は、対立関係のようです。もっとも、周辺諸族の動向には叛服が多いものですから、なんともいえませんが、「甲骨文の世界」に
南人と殷人との関係は、さきに述べたように、洪水説話や稲作文化の上からも、密接なものがあったと考えられるが、しかし両者の関係は、甲骨文にみえる資料からいえば、必ずしも平和的なものではなかった。殷人は、共工の説話をもつ羌人、伏羲・女媧の説話をもつ苗人とは、むしろはげしい対立関係にあった。対立関係にあるというよりは、それぞれの異族神の間には、宥和という関係がありえなかったのであろう。
しかし殷は、この羌族を一般の氏族と同じものとは認めず、これを王朝の秩序に加える意図はもたなかった。羌人は次々と捕獲され、犠牲とされた。南人とは、苗族の古い呼び名です。南という鼓楽器を用いていた勇武な族ですが、やはり犠牲の対象でした。河南西部の召という古族は、叛服の多い種族ですが、当初は殷とは極めて親近の関係にあったようで、異族犠牲として羌人を捕獲して王都に送ったこともあるようです。
殷王朝はときに臨んでいわゆる宗主権を行使しえたにすぎず、直接的な支配が諸族の内部にまで及ぶものではなかった。同様の関係は、周王朝の支配においてもみることができる。古代の王朝は、その宗主権のもとに祭政的支配を行なっていたのであり、支配圏がそのまま領土ということではない。このような疏緩な支配関係の中で、王朝と諸族との紐帯はきわめて不安定なものであった。
觀山さんからコメントをいただきました。ありがとうございます。
科学的検証では、どちらの種類も使用されていたとされていますので、広い地域から集められていたのではないでしょうか。
淡水棲、陸棲の亀が多くを占めるにしても、ウミガメの使用も否定はできません。
参考:
茨城大学人文学科永谷恵学士論文「亀の中国思想史-その起源をめぐって-」
HIDEKIの生物よもやま
Wikipedia 「殷」
歴史を歩く 『夏』『殷』王朝の誕生
日本ウミガメ協議会
亀博物館
『図説漢字の歴史』(阿辻哲次著、1989、大修館書店)
『甲骨文の世界』(白川静著、1974、平凡社東洋文庫)
『中国の神話 改版』(白川静著、2003、中公文庫 BIBLIO)
『古代中国』(貝塚 茂樹・伊藤 道治、2000、講談社学術文庫)
『文字の文化史』(藤枝 晃、講談社学術文庫)
トラックバック(2)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 甲骨文に使われた亀甲
このブログ記事に対するトラックバックURL:
» コメント祭り開催!【文房四宝はどのように選ぶか?】アドバイスお願いします。(澄翔☆書道奮闘記〜OLから女流書道家へ〜)~のトラックバック
お久しぶりです☆澄翔です。 ある方から、「筆や墨や紙はどのように選べば良いかがさっぱりわかりません。」という質問を受けました。書道をされているたくさんの方にア... 続きを読む
» コメント祭り開催!【文房四宝はどのように選ぶか?】アドバイスお願いします。(澄翔☆書道奮闘記〜OLから女流書道家へ〜)~のトラックバック
お久しぶりです☆澄翔です。 ある方から、「筆や墨や紙はどのように選べば良いかがさっぱりわかりません。」という質問を受けました。書道をされているたくさんの方にア... 続きを読む
- 検索
-
- アーカイブ
- Powered by

コメント(5)
觀山 :
南方からというイメージが強かったため、ウミガメに限定して考えていましたが、陸棲または淡水棲の亀でも実用の面では問題ないですよね。
科学的検証では、どちらの種類も使用されていたとされていますので、広い地域から集められていたのではないでしょうか。
宮城谷昌光の小説の中で、朝貢している南の大族が子安貝と共に亀甲を納めるというシーンが登場します。
この本の記憶も思い込みの原因かもしれません。
甲骨の実物は台湾の故宮博物院で目にしたことがあって、その亀甲は確かに思いのほか小型であり、刻された文字は想像以上に小さなものだったことを覚えています。
しかし一つ一つの甲骨文が訴えてくる迫力は、積み重ねてきた時間の重さと相まって、奥深く圧倒されるものがありました。
tianpian :
映像でみる漢字の歴史(監修;阿部哲次) 大修館 VHS に、亀甲を使った占いの再現実験の様子や、文字を刻む実験の様子が収録されています。
kodo :
●觀山さん
宮城谷昌光氏は、じつに勉強されていて尊敬している作家です。私も愛読しています。歴史は解釈ですから時と場によって異なります。いまの事象でも人により評価は異なるのですから、歴史は疑問と矛盾ばかりですよね。それでも宮城谷氏は少ない史実から力強い仮説をたて、登場人物を生き生きと活かして見事です。人が生きています。ひき込まれてしまいます。宮城谷氏も直接甲骨文の声をきかれたのでしょう。觀山さんも台湾の故宮、よい経験をされましたね。人のこころを察するにも、歴史をよむにも、書画をものするにも、想像力が必要なのです。
●tianpianさん
よいものをご紹介いただき、本当に感謝です。
ぜひ入手して拝見したいものとおもいますが、高いでしょうね...(^^; 阿辻氏の「図説漢字の歴史」は写真も豊富でわかりやすい名著でした。
sumi-moji :
ずっと、この記事が気になっていたのですが、ゆっくり読みたくて今日になってしまいました。
亀の種類だなんて、思ってもみなかったことです。ご紹介いただいた本を、また図書館で見つける楽しみができました。
kodo :
●sumi-mojiさん
こんにちは。お返事遅くなりすみません。
中国の神話では、亀が大地を支えていたのですからすごいです。
亀の種類はともかくとしても、しらべるうちにいろんなことを知りました。
いかにいい加減に読んでいるかがわかります(^^;
読むのとわかるのとは別のことですね。
よい本はたくさんの疑問を与えてくれます。
きっかけを与えてくれた觀山さん、それからいつもいろんな興味を刺戟してくださるsumi-mojiさんに感謝です。
コメントする