あか(赤・朱・丹)
2005年7月 7日 kodo | 個別ページ | コメント(1) | トラックバック(2)
宮城谷昌光氏の「王家の風日」に
赤は――火のあかが赤(せき)であり、木のあかは朱(しゅ)であり、土のあかは丹(たん)であるが――心臓の色でもあり、血の色でもある。すなわち赤は、
「いのち」
の色である。
とあります。じつに明快です。
1.火のあか=赤(せき)について
「赤」という字のなりたちをしらべてみましょう。
この字は、「大+火」の会意字です。
ところがこの解釈には2通りあります。
まず「大いにもえる火の色」という解釈です。
『漢字源』(藤堂明保編)
会意。「大+火」で、大いにもえる火の色。
『初等漢字の教え方』(後藤朝太郎著)
赤の字はその生ひ立ちをみると、大と火の二文字から出来てゐる。(中略)火の字はたき火の形と考へられ、大の字は火が大いに燃えあがり、その紅焔があたりに、あかあかと映じて来る。
『漢字字源辞典』(山田勝美・進藤英幸著)
意味を表す「大(だい)」と「火(ひ)」とを合わせた会意字。火が盛んに燃えている意。この火の色から「赤色」の意がとられた。「赫(かく)」の原字である。「赤(せき)」がもっぱら色の名に使われてから後に、火の盛んに燃えている意を表すために、「赫」の字が作られた。
白川静先生は「人を火でもって修祓する方法」としています。
『常用字解』
大は手足を広げて立つ人を正面から見た形。これに火を加える形が赤で、穢れを祓い清める儀礼をいう。穢れのある者に対して行う懲罰的な穢れを祓う方法である。
受王すなわち帝辛のおこなった炮烙(ほうらく)の刑をおもい起こします。殷代は異民族を人狩りし、神への犠牲(いけにえ)としてきました。
「穢れのある者に対して行う懲罰的な穢れを祓う方法」ですので、これは刑罰なのです。
つまり、白川先生によると、赤はただ単に「火の色」なのではなかったのです。人を捧げるということは、人の血を捧げるということです。火のあかであるとともに、犠牲にささげられた人身の「血のあか」だったのです。うめき声が聞こえてきます。そういう色なわけです。
火や水は人を祓い清めるために用いられました。
祓い清められたものは、清らかになるのです。
「赤子」は、生まれてまもない子。
「赤心」は、うそいつわりのないこころ。
『常用字解』には、
「あか、あかい」の意味にも用いる。赤系統の色は丹・朱といった。
とありますから、もともとは赤系統の色は「丹」や「朱」だったのかもしれません。
2.木のあか=朱(しゅ)について
『古代の朱』松田壽男著によると、「アカ」には三種あります。
・水銀系のアカ
・鉄系のアカ
・鉛系のアカ
このうち古代のアカは、水銀系と鉄系なのだそうです。
朱は硫化水銀であるから水銀系です。
朱砂は辰砂(しんしゃ)とか丹砂(たんしゃ)とか書かれる。それは水銀と硫黄との化合物(HgS)であって、じつに美しい赤色をかもしだす。現代人の人たちの頭からすれば、朱は赤と黄とを混ぜあわせたミカン色。ヴァーミリオンである。しかしもともと朱は純粋な赤色。つまりアカ色の総称である。
とあるように、
「朱砂=辰砂=丹砂」
ですから、『古代の朱』では、朱と丹とを同一視しています。
「朱はアカ色の総称」というとらえかたです。
「朱」という字のなりたちをみてみましょう。
『字通』よると、
木の幹の部分に、肥点を加えた形。
とありますが、
本・末も同じようにその部位を示す指示的な造字法であるから、朱を株部を示す字と解することもできようが、金文においては朱は丹朱の意に用い
字のなりたちとしては、木の幹に朱砂を盛った形になっている、ということです。
しかしこれでは「朱=アカ」にはなりません。
色をあらわす字には、
1.その色をあらわす「モノ」で象徴させる。
2.その色を作る方法を示して、その色をあらわす。
という方法があります。
1のモノであらわすのには、たとえば、「白」などがあります。頭骸骨の色が白なので、白というのは頭骸骨の形です。
2は、たとえば、この「朱」もそうですが、「黒」などもそうです。
『常用字解』には、
朱は朱砂(水銀の硫化鉱物)を固めて薫蒸し(いぶして蒸し)、水銀を分離する方法を示す字である。朱色は水銀からとられたのであろう。とあります。
朱だけですと、あまりよくそのつくりかたがよくわかりませんが、
「穴+朱」という字があるようで、上部の穴は薫蒸するときの煙抜けなのだそうです。
「木のあか」というと、木の幹や木の葉の色などのあかを想像しますが、朱という色は、木を用いて、水銀を分離させてつくった色だったわけです。
上の『字通』に「金文においては朱は丹朱の意に用い」とありますから、すでに金文の時代において、「朱=丹」というもちいかたがあったというわけで、松田壽男氏の説明に納得することができます。
『京の色事典300』には、
朱(しゅ)
天然産の朱砂(しゅさ)から精製される顔料・彩色料です。中でも中国の辰州産の朱砂が良質だったので辰砂(しんしゃ)という色名もあります。銀朱というのは人造の硫化水銀であり、鮮やかな朱色です。よく似た色に丹(たん)がありますが、丹は酸化鉄や酸化鉛が主成分で、硫化水銀の朱とは異なります。
朱は漆に混ぜて根来漆器にも利用され、朱墨や朱肉は厄除けの意味があって、神社仏閣には欠かせません。
染色の朱はその色調を模したものであり、近世には褪(さ)めた朱という意味の洗朱(あらいしゅ)もあり、和装にもよく用いられる色名です。
とあります。
色をスキャンしてみました。この本の「朱」は、やや落ち着いた色です。
どちらかというと錆びのような色なので、ちょっと意外です。
「人造の硫化水銀」としてあげられた銀朱というのが気になります。
松田氏の『古代の朱』には、つぎのようにありますので、天然と人工の朱砂があったということでしょう。
朱砂は縄文土器の時代からわれわれの祖先にとって生活に密着した鉱物であった。もちろんはじめは自然産の朱砂が利用される。水銀と硫黄とを化合させた人工のものではない。それにはいろいろな用途があった。
『京の色事典300』は、朱と丹を区別しています。
朱=硫化水銀
丹=酸化鉄・酸化鉛
と説明されていましたが、このところについて、再度、松田氏の著書から引用してみます。『古代の朱』より。
原始日本人が使ったアカ色には二種があった。一は水銀系のアカ、つまり硫化水銀(HgS)。一は鉄系のアカ、すなわち酸化第二鉄(Fe2O3)である。水銀系のアカがすでに説明したように純粋のアカ色を呈するのに、鉄系のアカは俗にベンガラといわれ、やや黒ずんで紫色に近い。この鉄系のアカは古く「そほ」といわれた。古代の日本人は漢字を学んで「赭」という字をあてた。これにたいして水銀系のものは「まほそ」、つまり正真正銘のホソであるとし、「真赭」と表現されている。
のちに、おそらく天平時代と推測されるが、鉛系のアカができた。化学的にいうと四酸化鉛(Pb3O4)である。いっぱんに鉛丹といわれた。鉛丹はまた黄丹と書かれているように、赤と黄の中間色で、俗にいうミカン色である。黄色味の強いアカであるし、このものそれ自体が自然の産物ではないから、これは問題にならない。
しかし後代の赤ぬりはたいてい鉛丹を使っている。広島近くの有名な厳島神社。安芸の宮島でも修理のばあいに朱の代用晶として鉛丹を使ったようだ。海につき出した廻廊などで、朱塗りの部分と鉛丹で修理した部分とのツギメを見つけることは、さして困難ではない。それよりも、私が声を大きくして叫んでおきたいのは、こうして鉛丹が朱の代用品としてさかんに使用されて普及したために、朱にたいする日本人の感覚が変ってしまったことにほかならない。朱といえば、黄色味の強い赤色、つまり鉛丹色とする観念は、そこから出ている。
鉛系のアカ色(四酸化鉛)、つまり鉛丹を一に黄丹と称した点からしても、朱は元来が純粋なアカ色、そほにたいするまそほなのである。それを丹といった。われわれの祖先は、すでに縄文時代から土器や土偶に朱を塗った。古墳の時代になっても、その石室や石棺に朱を塗ったり、つめものに使っている。九州に多い彩色古墳でも、その石壁の文様に用いた。石壁のあのまぶしいような赤色は、朱砂を粉末にして塗りつけたものだ。
鉄系のアカがまだよくわかりません。
鉛丹(=黄丹)は、四酸化鉛で、天然のアカではない、ということのようです。
いまわれわれが「朱」というと、黄色みがかったミカン色のような朱を想像しますが、これは、鉛丹だったのですね。本来の朱は、水銀から得られた純粋のアカ色だった、ということのようです。
しかし、残念ながら私はこの水銀の純粋のアカを見たことがありません。
朱は草木の汁からとった色とちがって、鉱物質のものであるから色があせることがなくと『常用字解』にあります。
いつの日かこの純粋のアカをみて、古代をおもいたいものです。
3.土のあか=丹(たん)について
静(青・月)
http://www.kodo-tamaki.com/2005/03/post_46.html
で「丹」についてあつかいました。
白川静先生の『字訓』で、
「あを」
わが国では青は藍のように草からとった。草からとるものは緑や藍、玉には碧という。わが国でも土からとるものを青丹という。「青土」の意である。
「に【丹】」
土を意味する古語であるが、特に赤土のことをいい
とありました。
先に紹介した『京の色事典300』では、「青丹」という色が紹介されています。
しかし、この『京の色事典300』では、「あをによし」の青丹は、青丹の色ではなく、「青と丹」という2つの色ととらえているようです。

青丹(あおに)
青丹は青土のことであり、本来顔料ですが、その色に模して藍と黄蘗(きはだ)をかけて染められました。古代の青は今の緑に近い色をさしています。
「あおによし、ならのみやこは・・・・・・」という奈良にかかる枕言葉の青丹は、青色と丹色(にいろ)の意味であり、緑釉の屋根瓦と丹塗りの柱による平城京の色彩を象徴していたのです。
『古代の朱』の松田氏もやはり「あをによし」は、青と丹という解釈をされています。
青丹よし 奈良の都は 咲く花の 匂ふが如く いま盛りなり でよく知られている。おそらく原義は建造物の青色や赤色で塗装した美しい町にあったらしい。その赤色の塗料は朱砂から作られている。
とあります。この点は、『日本国語大辞典(第二版)』(小学館)とは解釈がことなるところです。『日本国語大辞典』の「あをによし」の項には以下のようにあります。
1.地名「奈良」にかかる。奈良坂のあたりから、顔料や塗料として用いる青土(あおに)を産出したからという。
話が青丹になってしまいました。
仙学研究舎というページで神坂風次郎さんが訳されている「竜虎丹道」郝勤著に、煉丹術の丹について記述されています。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~xianxue/longhu/longhu1-1.htm
おそらく最も早くに「丹」と言われだしたのは、天然の硫化水銀の「丹砂」である。最も有名な古代中国の煉丹家である西晋の葛洪は《抱朴子・内篇》の中で「丹砂は加熱すると水銀になり、また再び丹砂に戻る」と指摘している。これは、天然の硫化水銀を加熱分解すると水銀が生成し、水銀に硫黄が反応すると再び硫化水銀が生成するプロセスのことを言っているのである。この時の硫化水銀は黒色なので、黒砂と呼ばれる。その後にさらに加熱するとこれは赤色に変化する。この赤色の丹砂は丹とか辰砂・朱砂とも呼ばれ、中国の古代の煉丹術において最も重要な材料である。
道教煉丹術の「丹」という語は、後には丹砂だけを意味するものではなくなった。煉丹の士たちは、酸化水銀・鉛丹などを含め、加熱・精製して生成した赤色の物質を丹と総称した。
神坂風次郎さんが仙学研究舎のページを立ち上げたのは、仙学(内丹)が、「中国文化が日本に伝播する過程で取りこぼしたものを保持していると思えるから」だということです。
朱砂の毒性
http://www.drugsinfo.jp/contents/data/sa/dasi7.html
古代の「朱」が語るもの
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/KENKYU/niu/hgstory.htm
水銀
http://www.naoru.com/suigin.htm
参考までに。
絵画のミニ百科には、カラーの見本があります。
上述した『京の色事典300』とは随分と異なっています。
| 丹 |
| 辰砂(しんしゃ)・真赭(しんしゃ)・真朱(まそほ)・真朱(しんしゅ)・丹砂(たんさ) |
| 朱色・銀朱色 |
トラックバック(2)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: あか(赤・朱・丹)
このブログ記事に対するトラックバックURL:
» アトリエ「響窯」作品展へ(実用書道「筆☆ペン教室」かわらばん)~のトラックバック
今日まで開かれていた"アトリエ「響窯」作品展"へ参りました。 作家は田副正武氏。7年前に窯を開き、3年前から作品展を開かれているそうです。絵は拝見したこと... 続きを読む
» 中日の色彩意識「朱」(中国からみた中国と日本の違い)~のトラックバック
中国大陸では「朱」は革命或は政治自覚性が高いことを象徴している。例えば、「紅旗」、「紅軍」、「紅電波」、「紅星」、「紅花」、「紅線」、「紅区」、「紅心」、「紅頭文件」、「紅色根拠地」、「紅色政権」、「紅色江山」、「紅色専家」などがある。 それから文化... 続きを読む
- 検索
-
- アーカイブ
- Powered by

コメント(1)
sumi-moji :
こんにちは。
やっと、この記事をゆっくりと読む事ができました。
「赤」の解釈のなかの、「穢れのある者に対して行う懲罰的な穢れを祓う方法」を伺うと、この字が重たく感じられます。
そして、「朱」色の意味。kodoさんが声を大にしておっしゃている「朱」色のちがいは、水銀系なのか鉄系なのかということなのですね。私の中では、「朱」色は1色ではなくてとても幅広いものです。
先日、やきものを見に行った時に、「辰砂」という釉のお話がでました。確かに朱色でした。
こうやって、文字をお話を聞かせていただくと、一字一字が大切に思えます。
また、楽しみにしております。
コメントする