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犬牲について

2005年12月10日 kodo | | コメント(3) | トラックバック(0)

私は犬年です。
以前は実家でも秋田犬を飼っていました。
犬は飼い主に似るといいますが......。

inu.gif甲骨文字の犬は、まさに犬の象形そのものです。
常用字解には「猟犬として使われたらしい逞(たくま)しい犬の形」とあります。
犬を横からみたかたちです。
最後の右払いは尻尾だったのですね。
点は頭でしょうか。それとも耳でしょうか。
いずれにしても、この点を忘れては犬になりません。

犬の第一画めを左からではなく右上から振り下ろすように書くと
草書になり、省画できます。

犬は犠牲(いけにえ)としては特に貴いものとされていました。
犠牲というと、


などの方法があります。

牛や羊は、祭肉として供えられることが多かったのですが、
犬はその祭場をお清めしお祓いするためにもちいられることが多かったようです。
いまや盲導犬や警察犬にもなっている犬のことです。嗅覚がするどいですし、耳もたいしたものですよね。感覚がするどいというか。外の邪気をすばやく感じとることができるのでしょう。

犬牲の基本字は「犮(ふつ)」(祓の旁)であり、祓(はら)うという字のもとの字です。
犮は犠牲として殺された犬の形です。

「犬」は、「犮」・「尤」などと形を変えます。
犬(尤)がでてきたら、祭祀・奠基・伏瘞・修祓・獄訟・喪事関係の字だとおもってまちがいないでしょう。
「犠牲(いけにえ)としての犬」、すなわち犬牲ということです。

「朮」は呪霊の力をもつ獣のかたちで、字統や常用字解には、「犬」とははっきりかいていませんが、「中国古代の文化」には、

術・述・遂は声義の関連する字である。この三字は、その字形のうちにいずれも動物の形を含んでおり、おそらく犬の形であろう。犬の犠牲は、尤(たたり)をもたらすこともできる。尤はその殺された犬の形である。
とありますから、これも犬とみてよいかもしれません。

1.焼いてその臭いを天に昇らせて祀る

犬は犠牲としては特に貴いものです。この犬の犠牲の特徴について、『中国古代の文化』(白川静著)には、

犬牲は多く自然神、それも天上の神々にたいして用いられるものであるから、灼(や)くことを原則とした。
とあります。

「然」(もえる)は、犬肉に火を加える形です。もともとは、「然」は犬牲を灼く儀礼をいう字でした。

神を満足させるためには、十分な肉、それも骨つきの肉を供えます。
この、骨つきの犬の犠牲を、「猒」といいます。
「猒」というのは、「あきる」と読みますが、厭足すること、神の満足をもとめることです。

犬のいけにえとともに、農穀物のものをいっしょにくわえて祀ることがあります。これを「類」といいます。
「類」とは、天にいます上帝を祀ることです。「米+犬+頁」で、穀物をお供えし、犠牲の犬を焼いてその臭いを天に昇らせて祀ることをいいます。「頁」は、字通によると、「祭事のとき、頭上に呪飾をつけた人の側身形」のことで、「頁に従う字は、おおむね祭祀や儀礼のことに関するものとみてよい」とあります。

蘭亭序に「類」の字があります。
この左下の部分ですが、私はずっと、「分」の字の草書の書き順(カタカナの「ノ」を三つ書いてから点を打つといえばわかっていただけるでしょうか)をしています。が、ここは「犬」なのです。
書体字典などをみてみると、この部分はあきらかに「犭(けものへん)」に書いているものが多くあります。けものへんの書き順で書いて、さいごに点をうつ、という書きかたです。蘭亭はなんとなく、「分」の草書のような書き方をしているようですが、『図解「蘭亭序」〈張金界奴本〉を書く』(木耳社刊)で田上惠一氏は、けものへんの書き順を推奨しています。

一番下が蘭亭です。
『図解「蘭亭序」(張金界奴本)を書く』

2.建物の下に埋める

犬はなんと人、それも武人といっしょに埋めることがあります。
犬牲だけではなく、人もいっしょに埋めて、地中から侵入してくる埋蟲(まいこ)といわれる邪気を祓う呪法があり、これを「伏瘞」(ふくえい)といいます。「伏」という字は、このことをいいます。
殷・周代の古い王墓の下には、王の墓を守る武人とともに、犠牲として埋められました。人と犬とを埋めて、地中にひそむ悪霊を祓ったのです。この、陵墓などの定礎として、すなわち奠基として伏瘞がおこなわれたのです。

神聖な建物の奠基には犠牲を埋めたが、特に犬牲は修祓のための堂基・門基、また陵墓玄室の四隅や棺下の杭などに用いられた。殷稜玄室の棺槨をおく下には、ときに盛装した武人と犬とが一杭中に収められていることがあり、それは伏瘞とよばれる修祓の法である。

建物の下に埋めるときに、犬だけを埋めることもあります。
祖霊を祀る建物にも犬牲をもちいるのです。

犬牲で清めたものが「家」です。
家の下の部分はもと「豕」ではなく犬でした。
「家」は、人のすむところではありません。
祖霊を祀るところ、祖廟です。人家ではないのです。

家の奠基には、犬などの犠牲のほか、人身をも用いた。小屯の最南端にある一群の基壇には、多くの断首葬がある。それは地霊を鎮めるためのものであった。墓には墓鎮として怪獣の像をおくことが多いが、古くはこのような人姓を用いたものと思われる。断首祭梟(さいきょう)の一形式とみられるものである。
とありますから、犬は人とおなじように犠牲にされたわけです。
犬牲あるいは他の動物犠牲を用いて奠基とし、場所的修祓を行なうことは、家のみならず、他の聖所においても行われた。
と「漢字の世界(白川静著作集 2)」にはありますから、奠基にされたのは犬とはかぎらなかったのかもしれません。

おおきな建造物のときにも、犬牲は欠かせませんでした。
「京」は凱旋門のかたちで、戦死者の屍骨を塗りこんだ呪的なものですが、そこにも犬牲を埋めます。「京+尤」=「就」です。それによって成就、すなわち落成の式になるのです。

3.血によって清める

出軍のときには、兵車で犬をひいて出発しました。犬牲の血をもって車を清める、兵車を祓う、これを車軷(しゃはつ)といいます。
出行には、ものものしいおおくの儀礼が必要とされました。これは外の世界がすべて異族の神の支配するところだったからです。邪霊のすむ危険な地におもむくということだからです。
戦争は神霊と神霊のたたかいです。軍の勝敗は、その氏族の奉ずる神々の威霊と呪力によって決するのですから、敵の呪力を封ずることが戦争なのです。

器物をつくったときにも、その器を犠牲の血で清め祓う儀礼がおこなわれました。
「器」という字は、常用漢字では「口口大口口」と書きますが、このあいだにある「大」は旧字では「犬」と書きます。
器というは、食器ではありません。葬送用の器です。
器の口は、口耳の口ではなく、祝詞の器の口(サイ)です。
字統の「哭」に、

二口は祝祷の器の口(サイ)を二つ並べた形。犬は犬牲。犬牲を供えて祝祷する意である。さらに二口を加えたものは器で、喪祭に用いる明器を意味する。哭は送葬の際の儀礼で、哭泣・哭踊という。
とあります。死喪のときには、魂よばいのためにおおくの祝告を列ねます。その祝告のあいだに犬牲をもちいました。それでその葬具を「器」といいます。

血で清める際に、血をすすることもありました。
諸侯があつまって誓いの儀式をするときには、血盟をします。器のなかの血をすすりあうのです。このときは、犬ではなく牛をもちいたようです。「牛耳る」ということばはここからきているようです。犠牲の牛を殺したあと、その牛の左の耳をとり、その血をすすりあいます。その耳をとるものが主催者であり、盟誓の指導者だったのです。


4.けものへん

「犭(けものへん)」のつく字もいろいろあります。
けものへんは、獣、犬とはかぎりませんが、
「犯」というのは神聖なものを犯すことです。
犯の旁は、人が前向けにうつむくかたちです。
常用字解には、「字形のままに解釈すると、人が獣の上に乗りかかって獣を犯すの意味となる」とあります。タブーにふれることをいう字なのです。すべて犯罪は、もと神の神聖を犯すこと、冒瀆(ぼうとく)にあたる行為を意味しました。「犯はもと神威を侵す意であった」ということですから、これはやはり犬を犯した形でしょう。
信じがたいことですが、
「色」という字は、人が人の上に乗りかかる姿をえがいた字です。
まったくおなじかたちをしています。

「狂」という字があります。
もとのかたちは、鉞頭のかたちである王の上に、止(あし)を加えたかたちをしています。
王の命令で遠隔地へ遣いに行くときには、使者は、王の象徴である神聖な鉞(まさかり)の上に足を乗せる儀式をしたようです。そしてその霊のちからを授かって出発したのです。
王の鉞にふれて、異常なちからが与えられることを「狂(くるう)」といいます。
字通には

おそらく出行にあたって行われる呪儀で、魂振りの意があり、神の力が与えられるのであろう。秘匿のところでその礼を行うことを匡といい、神意を以て邪悪を匡(ただ)すことを匡正という。その霊力が獣性のもので、誤って作用し、制御しがたいものとなることを狂という。
とあります。

子犬は、「狗」といいます。
勹は身をまげている死者を横からみたかたちです。
「句」というのは、それに神への祈りの祝詞を入れる器である口(サイ)をそえて、死者を埋葬する意味をしめしています。
句は、まがったもの、という意から、小さなもの、という意味になります。
子馬は、「駒」といいますね。

犬という動物は、とても神聖なものだったのです。

参考文献:「常用字解」「字通」「漢字の世界」(いずれも白川静著)

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コメント(3)

小魚 :

一枝堂先生:
新年好!
我剛好在2006正月一日開展
我想送您印譜和月曆
如何連繫呢?

kodo :

小魚先生:
祝贺新年。先生的印譜和月曆!我感到光荣。请多关照。謝谢。
一枝堂 玉木浩堂

小魚 :

謝謝
過幾天
出版就寄請指教

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