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「後漢 曹全碑」の臨書

2006年9月27日 kodo | | コメント(1) | トラックバック(0)

曹全碑の一部を半折に臨書しました。

「東晋 王羲之 執手帖」の臨書

2006年9月15日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

東晋 王羲之 澄清堂帖孫氏本執手帖を半折に臨書しました。
「不得執手。此恨何深。足下各自愛。数恵告。臨書帳然。」

専門家は深く、博士は広く。

2006年9月 2日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

揚州八怪(ようしゅうはっかい)の鄭燮(ていしょう)の画竹題記が今月号の『書藝新潮』誌に載っていました。左から書きはじめた左行書の作品です。鄭燮は揚州八怪ですから、やや変わった書を書きます。八怪たちは、いずれも独自性を出すことに腐心し、亜流に甘んじることを潔しとしなかったのです。

鄭燮の書はいくつかの字体が入り交じって独特の風格があります。当時は「乱石で街を敷く」と揶揄するひとたちもいたそうです。

陳廷祐著『書道芸術』によると

しかし不思議なことに、煩雑ながら混乱が感じられず、変化も決して唐突ではなく、不揃いがむしろ調和の微妙な味を感じさせる。「乱石で街を敷く」と揶揄されることこそが、むしろ調和し、自然な感情があらわれ、中和の美をそなえた作品といえるのではないだろうか。鄭板橋は竹、石、蘭を愛し、蘭を描けば字を書くごとく、字を書けば蘭を描くごとくであった。

鄭燮は字を板橋(ばんきょう)といいます。

「蘭を描けば字を書くごとく、字を書けば蘭を描くごとく」というのはすばらしい境地です。書画篆刻みな同体ですから、書はわかるけれど画はわからない、というのはあってはならないような気がします。

ここにあげた「薄」という字、どこか怪しくありませんか?
この間違いをする人が現代でも多いのですが、鄭燮も間違えたのかどうか。

最後に点がなく「專」と書かれているようです。

専門家の「専」の字の右肩に点がなく、博士の「博」には点があります。間違えやすい漢字のトップ10に入るのではないでしょうか。

「専」の旧字は「專」。叀と寸とを組み合わせた形です。
上の叀は、「恵」の上部といっしょです。恵も旧字は「惠」だったのです。

叀は、上部を括った嚢(ふくろ)のかたちで、嚢のなかにものをいれ、手でうって固めることを専といい、「まとめる、うつ」の意味となりました。寸というのは手です。右肩に点はありません。ひたすら固めることから「もっぱら」の意が生じました。専門というのはもっぱら深く極めることです。

博は、甫+寸。これは、根を包んだ苗木を手にもつ形で、苗木を土に植えることをいうそうです。甫というのは、田圃(たんぼ)の圃の中にあるものといっしょです。苗木なのですね。見渡すかぎりの田圃を想像してください。「甫+寸」には「ひろい、おおいに」という意味があり、「博」は、ひろい、ひろめる、おおきい、おおい、という意味にも用いるようになりました。十はおそらく干(たて)のかたちで、博(う)つとよむべき字なのだそうです。

点をうつ字とうたない字の区別としては、音読みがハ行だと点をうつとおぼえているとよいでしょう。
「甫+寸」の字は、
薄(はく)、簿(ぼ)、縛(ばく)、敷(ふ)
などがあります。
「叀+寸」は、
専(セン)、恵(ケイ)、穂(スイ)
などです。穂は、ホとよんでしまいそうですが、ホは訓読みなので注意が必要です。

それにしても甫には、なぜ点をうつのでしょう。根を包んだ苗木だと、甲骨文をみても、点が出てこないように感じます。それが後に上に「父」のような形がつくようになっています。このあたり、もう少し資料をみて確認してみたいところです。

いずれにしても、甫+寸なので、点があるわけです。

「薄」の場合は、「甫」です。「叀」ではありません。

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