九成宮醴泉銘の臨書
2006年12月 3日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(1)
九成宮醴泉銘を半折に臨書しました。原帖とともに並べると、自分の目の程度がわかります。字の腹が据わらず、右上がりにうわつき、均整がとれていません。
九成宮醴泉銘は、書いていてもあまりおもしろくはないのです。私の目指すものとは隔たっていますし。
ギリシャの神殿のように構築されたその美しさ、その計算の妙は、一見わかりやすそうで、じつはとても計り知れず、隙がなく、逆に言えば出来上がり過ぎていて、変化を許容しません。だからこそ、私のような気分屋でいい加減なものばかり作る者には、九成宮を学ぶことに意義があるのかもしれません。
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