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臨泰山刻石

2007年8月26日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

泰山刻石(たいざんこくせき)を半折に臨書しました。

原帖 その1 その2

黙々と遅速に筆を運びます。後世の臨書法によらずに、謹厳に書したいところでしたが、緊張の糸が解れると、とたんに曲がってしまったり、書きやすく書いてしまったりします。
泰山刻石は、秦の始皇帝が東順した際に、泰山の頂上に秦の功徳を称える文を石に刻ませたものです。始皇帝は六箇所、嶧山(えきざん)・琅邪台(ろうやだい)・之罘(しふ)・碣石(けっせき)・会稽(かいけい)・泰山(たいざん)に刻石を残しました。いずれも李斯(りし)の書とされていますが、現在伝わっているのは、泰山刻石と琅邪台刻石(ろうやだいこくせき)のみです。

臨争坐位文稿

2007年8月25日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

顔真卿の争坐位文稿を半折に臨書しました。

今、僕射は不朽の功業を挺(ぬき)んで、人臣の極地に当(あた)る。豈(あ)に才は世出(せいしゅつ)為(た)り、功は一時に冠たり。

今、貴殿(僕射閣下)が不朽の功績を立てて、人臣最高の地位におられますのは、才能が世に抜きんでおられ、その功が一時に冠絶(比較するものがないほどに優れている)したからでございます。

「鹿」の書き方

2007年8月23日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)


「鹿」という字の草書は、覚えにくいものです。「塵」なども同様です。
「广」(まだれ)なのに、草冠のようなものを最初に書くのはなぜなのでしょうか。とても不可解です。おぼえかたとしては、

草冠 +「厂」+「比」

とおぼえると、書きやすいと思います。
「比」の草書は、「以」と同形です。
「以」は「ム+人」(隷書だと「口+人」)ですので、ほんとうは異なる字なのですが。
「厂」はきちんと「フ」と書きましょう。横の一角を大事にして下さい。

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牡と牝(麀・鹿・雌・雄)

2007年8月12日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

これは石鼓文の第一鼓の「麀鹿」字です。

「メス・オス」という順序で並んでいます。
通常、メスとオスをならべて書くときは、メスを先にします。
レディーファーストなのです。
メスのほうが神に近いからでしょう。

上の字がメスの鹿、下の字がオスの鹿です。
牡鹿(おじか)には、とても立派な角があります。
鹿の角は牡鹿(おじか)だけに生えるもので牝鹿(めじか)にはありません。

牡鹿の角は、毎年春に自然に落ちて、すぐに新しい角が生え始めます。
数ヶ月で数十センチもある立派な角になるのです。

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石鼓文

2007年8月10日 kodo | | コメント(0) | トラックバック(0)

せっこぶん

大きな石碑をイメージしてはいけません。
大きさは一定していませんが、
意外とちいさな、だいたい60センチ四方の石です。
太鼓に似ているので、石鼓といいます。

なぜか各地を転々としましたが、
現在は10鼓そろって北京の故宮博物院に収蔵されています。

出土地は西周の故地、周の宣王の時代のものという説が一般的です。

内容は、狩猟のことを詠じた四言詩。
詩経と同一または類似した句が部分的にあります。

書体は、籒文(ちゅうぶん)。

籒文とは、大篆です。
秦の始皇帝期に出来上がった小篆よりも、600年くらい古い書体です。

呉昌碩が臨習したのが、この石鼓文です。

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