墨について(1) - 墨とは何か
2008年3月14日 kodo | 個別ページ | コメント(2) | トラックバック(0)
一.墨とは何か
墨は炭素と膠を合わせたものである。墨は煤煙と呼ばれる炭素の粉末を、膠の溶液で練り、一定の形としたものである。煤煙は顔料の一種で、水には溶けない。ただし、膠が水に溶けるので、煤煙の粒子は膠に包まれた状態で安定に分散する。
墨の目的は、紙・布・木材等に、文字や絵画などを、黒い色で鮮明に永い間消えぬ様に塗るつけることであるが、その場合、膠は、①「炭素を布や紙の繊維に接着させること」と、②「墨液を平均させてむらなくする役」を果たす。墨液の中では、炭素の微粒が膠の被膜に包まれて無数に浮遊している状態となっている。
墨(煤煙、炭素)の粒子は球状をしている。墨汁を顕微鏡で見ると、高度に分散している微粒子は、いつでも活発に不規則の運動(ブラウン運動)をしている。これが活性カーボン、生きた粒子である。この様な粒子を多く含むほど墨は生きているという。大きい凝集状態をしている粒子は、ほとんど運動せずに沈みやすい。これが不活性カーボン、死んだ粒子である。
死んだ粒子、大きい凝集をしている粒子は如何なる時に生じるかというと、①墨の膠が老劣化して、墨の粒子を包んで安定したコロイド状態を維持する作用が少ない場合(いわゆる古墨)と、②墨の摺り方が粗雑だったり、鋒鋩の不規則で粗い硯を用いた場合、③宿墨や滞墨をした場合、の三つが考えられる。
にじみは、画箋紙の場合墨の種類の如何にかかわらず、筆に墨の量を多く含ませると起こるのであるが、古い墨の場合は、筆の跡とにじみの色の濃淡の諧調がはっきりして、にじみの末端がぼかしたように薄くなる。これは膠が年をとっているので、繊維の中に炭素を滑りよく誘導する力が弱く、筆の通った跡の部分から非常に微細な炭素しか外へ運んで行けないからである。従って新しい墨ほどその諧調の差が少なく、筆の跡とにじみの色の濃さが同じであり、その末端がギザギザとなって止まる。
墨は紙に対して横ににじむだけではなく、縦へ紙の内部にも浸透する。
墨色の優劣は墨の粒子が紙や布の表層より内層に向かって、どの程度まで浸透し、微細構造組織のどの部分まで浸透するかによって決定される。できるかぎり組織の深部にまで浸透する墨が、墨色に深みがあり、冴えて見える。墨の粒子が均一に分散していて、その大きさが小さければ小さいほど、このような性質を表す。
といって、余りに拡散が早過ぎる時には、「にじみ」の先端は不規則な凸凹の形状になる。「にじみ」の先端が名状し難い滑らかな曲線をなすのでなければ、芸術的な作品を書くことは出来ぬであろうが、この様な「にじみ」を生ずるのは、膠の適度な力によるものであって、膠の力が弱過ぎる墨では微細な粒子さえ運ぶことが出来ぬため滑らかな曲線状をなす「にじみ」は得られず、墨の粒子が大きい場合にもまた同様である。大きい墨の粒子は拡散する速さが緩慢になるのは当然であって、そのために、筆跡を明瞭にする効果を表すが、すべて大きな粒子であったら「にじみ」を絶妙なものにする作用は表し得ない。
普通墨の生命は三、四百年といわれている。墨にも寿命がある。植村和堂の「文房具辞典」によると、膠の寿命は百年位で、二、三十年から七、八十年位の間が最も使いよい、という。寿命の程は、膠の質や墨の保存状態等により可成異なる事と思うので何とも云えぬが、膠の力がかなり枯れて弱まっていながら、それでもまだ充分に力が残っている位が工合良いらしい。
古墨は筆跡を明瞭にするが、粒子が紙の表層にとどまりやすく、新しい墨は紙の内部にも浸透しやすいが、その代わり筆跡は潰れ、にじみは凸凹となってしまう。
そこで古墨を使った場合には、紙も古い枯れたものを使う必要がある。紙は枯れると繊維が老化し弱まってくるので、墨を表層にとどめず、内部にまで浸透させるからである。古墨の弱点を補うことができ、古墨を生かすことができる。新しい紙に古墨を使う事程もったいないことはない。
墨が非常に湿気に弱いのは、含まれている膠が水分を含むと直ちに腐敗をおこすという性質による。これは膠が有機質のためで、特に湿気に浸されなくとも、年数が経つと生物のように次第に年をとって、脆くなる。膠は蛋白質がゼラチン状に固形したものである。それゆえ墨を摺って宿墨すると、腐敗し臭いがおこり、磨り口も少し悪臭がする。宿墨とは摺ってから一晩経た墨の事であるが、摺った墨は膠が腐敗し易い為、粒子は殆ど死んだ状態となってしまう。従って生きた作品は書けない事となる。これは古墨の状態とは明らかに異なる。古い墨は膠が腐っている訳ではない。膠の力が弱まっているだけである。しかし、大きな粒子が多い点では同じなので、墨色はともかくその現れる現象面は大変似ていると云える。
墨の良否は、固いとか軽いとか、早く濃くなるとかいう事で決定されるのではなく、発墨の如何による。発墨は次の諸項が備わっていなければならない。即ち、①墨質の良、②硯石の佳、③磨法の適、④硯水の清。次に、磨法、即ち墨の摺り方に就いて取り上げる。
「墨について(2)」に続く。
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コメント(2)
Anonymous :
すごい
takaco :
お習字を始めて2年経ちました。
仕事に追われながらのお稽古なので、
毎月の課題を楽しみながら書くことだけで
精一杯でしたが、お盆休みにチャンスと思い、
墨のことを少し勉強してみました。
このサイトにたどり着き、
炭素とたんぱく質と結合成分、これらがコロイド状態に
なっていると知り、目からうろこでした。
ブラウン運動をしている微粒子を顕微鏡でみるには
何倍でみたらいいのでしょうか。
なんだかわくわくしてきました。
ありがとうございます。
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