第二回 雪堂茶会
2008年6月 7日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年5月24日(土)、北鎌倉の雪堂美術館で開催された、
第ニ回雪堂茶会で、書をしたためました。
いっしょにコラボレーションしたのは、KNOB(ノブ)君。
茶会の席で書をしたためる、というのも、
音とともに書のライブをするというのも、
初めての経験だったのですが、
KNOB君のディジュリドゥと想いが私の奥底に染み渡って木霊し、
こころを込めて書をしたためることができました。

書は音や茶と一緒、すべて一期一会。
ディジュリドゥは、大地の呼吸です。

したためたのは、故小野田雪堂先生の詩です。
僧寺 南窓の下、
煙を帯び 情もまた加わる。
東風、春暖を促し、
黄鳥、梅花を夢む。
一夕 瓶花の下、
胸中 古賢を慕う。
心閑に 禿筆を揮い、
句を案じ、華箋を染む。
いずれも雪堂先生の自作の詩です。
紙は聯落、故大木江柳先生が遺してくださった二双の和画箋、厚手の紙です。
水は朝、KNOB君が汲んできてくれた清水。
墨壷に使わせていただいたのは、「心正筆正」。雪堂先生の作られたものです。
朝からあらかじめ濃く摺っておいた墨に、さらに水を足します。
落款に印を押して終わります。
雪堂先生を偲びつつ、
墨液をたてるところから、落款印を押すところまで、
すべて通してやらせていただきました。
墨というのは、濃墨を摺ってから水で薄めるものです。
たとえ薄墨の作品であっても、はじめから薄く摺るわけではありません。
印を押さない作品というものもありますが、
印の押し方によって作品が生きたり死んだりします。
筆を揮う一連の所作、印を押すかどうか、どの印をどこに押すか、
すべてその場ではじめて決まるものです。
墨を摺る。
書をしたためる。
落款で締める。
あらゆることにはすべて意味があります。
茶もいっしょだろうとおもいます。

岩笛に心を静め、ディジュリドゥとともに、
雪堂先生へ捧げる書をものすることができました。
みなさんに感謝です。
ありがとうございました。
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