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眔(泪・涙・涕・泗)
2007年9月 9日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
息子をかかりつけの病院に連れて行った際に、
をひらいて、こどもたちと、文字当てごっこをしていました。
そしたら、「あ! これ、○○でしょ!」
息子が見て、パッとわかった文字があります。

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「鹿」の書き方
2007年8月23日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

「鹿」という字の草書は、覚えにくいものです。「塵」なども同様です。
「广」(まだれ)なのに、草冠のようなものを最初に書くのはなぜなのでしょうか。とても不可解です。おぼえかたとしては、
草冠 +「厂」+「比」
とおぼえると、書きやすいと思います。
「比」の草書は、「以」と同形です。
「以」は「ム+人」(隷書だと「口+人」)ですので、ほんとうは異なる字なのですが。
「厂」はきちんと「フ」と書きましょう。横の一角を大事にして下さい。
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牡と牝(麀・鹿・雌・雄)
2007年8月12日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

これは石鼓文の第一鼓の「麀鹿」字です。
「メス・オス」という順序で並んでいます。
通常、メスとオスをならべて書くときは、メスを先にします。
レディーファーストなのです。
メスのほうが神に近いからでしょう。
上の字がメスの鹿、下の字がオスの鹿です。
牡鹿(おじか)には、とても立派な角があります。
鹿の角は牡鹿(おじか)だけに生えるもので牝鹿(めじか)にはありません。
牡鹿の角は、毎年春に自然に落ちて、すぐに新しい角が生え始めます。
数ヶ月で数十センチもある立派な角になるのです。
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専門家は深く、博士は広く。
2006年9月 2日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

揚州八怪(ようしゅうはっかい)の鄭燮(ていしょう)の画竹題記が今月号の『書藝新潮』誌に載っていました。左から書きはじめた左行書の作品です。鄭燮は揚州八怪ですから、やや変わった書を書きます。八怪たちは、いずれも独自性を出すことに腐心し、亜流に甘んじることを潔しとしなかったのです。
鄭燮の書はいくつかの字体が入り交じって独特の風格があります。当時は「乱石で街を敷く」と揶揄するひとたちもいたそうです。
陳廷祐著『書道芸術』によると
しかし不思議なことに、煩雑ながら混乱が感じられず、変化も決して唐突ではなく、不揃いがむしろ調和の微妙な味を感じさせる。「乱石で街を敷く」と揶揄されることこそが、むしろ調和し、自然な感情があらわれ、中和の美をそなえた作品といえるのではないだろうか。鄭板橋は竹、石、蘭を愛し、蘭を描けば字を書くごとく、字を書けば蘭を描くごとくであった。
鄭燮は字を板橋(ばんきょう)といいます。
「蘭を描けば字を書くごとく、字を書けば蘭を描くごとく」というのはすばらしい境地です。書画篆刻みな同体ですから、書はわかるけれど画はわからない、というのはあってはならないような気がします。
ここにあげた「薄」という字、どこか怪しくありませんか?
この間違いをする人が現代でも多いのですが、鄭燮も間違えたのかどうか。

最後に点がなく「專」と書かれているようです。
専門家の「専」の字の右肩に点がなく、博士の「博」には点があります。間違えやすい漢字のトップ10に入るのではないでしょうか。
「専」の旧字は「專」。叀と寸とを組み合わせた形です。
上の叀は、「恵」の上部といっしょです。恵も旧字は「惠」だったのです。
叀は、上部を括った嚢(ふくろ)のかたちで、嚢のなかにものをいれ、手でうって固めることを専といい、「まとめる、うつ」の意味となりました。寸というのは手です。右肩に点はありません。ひたすら固めることから「もっぱら」の意が生じました。専門というのはもっぱら深く極めることです。
博は、甫+寸。これは、根を包んだ苗木を手にもつ形で、苗木を土に植えることをいうそうです。甫というのは、田圃(たんぼ)の圃の中にあるものといっしょです。苗木なのですね。見渡すかぎりの田圃を想像してください。「甫+寸」には「ひろい、おおいに」という意味があり、「博」は、ひろい、ひろめる、おおきい、おおい、という意味にも用いるようになりました。十はおそらく干(たて)のかたちで、博(う)つとよむべき字なのだそうです。
点をうつ字とうたない字の区別としては、音読みがハ行だと点をうつとおぼえているとよいでしょう。
「甫+寸」の字は、
薄(はく)、簿(ぼ)、縛(ばく)、敷(ふ)
などがあります。
「叀+寸」は、
専(セン)、恵(ケイ)、穂(スイ)
などです。穂は、ホとよんでしまいそうですが、ホは訓読みなので注意が必要です。
それにしても甫には、なぜ点をうつのでしょう。根を包んだ苗木だと、甲骨文をみても、点が出てこないように感じます。それが後に上に「父」のような形がつくようになっています。このあたり、もう少し資料をみて確認してみたいところです。
いずれにしても、甫+寸なので、点があるわけです。
「薄」の場合は、「甫」です。「叀」ではありません。
卬卯
2006年1月25日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
柳とか、仰とか、迎とか、間違えるひとが多いですよね。
「ノ」をつけるかつけないかで迷うわけです。
卬と卯とは、音で区別するとわかりやすいようです。
ギョウ、ゲイ、ゴウ、コウ = 卬
リュウ、ボウ = 卯
カ行の音だったら卬、リュウ・ボウだったら卯です。
四月をあらわす卯月(うづき)の卯です。
卬(こう) 字統
卬は人が仰臥し、これを上から抑えている形である。
甲骨文については注を参照 *1卬は、ひとが向き合っている形なのですが、この向き合いかたが、ふたりがおたがいに立って向かい合うのではなくて、ひとりはひざまづいています。右側の卩のかたちがひざまづいているかたちです。左がわを向いているひとがひざまづいているわけです。
ひざまづいている人からみれば、「仰」ぐ。
立っている人からみれば、「抑」える。
となります。
手をつかってひとをひざまづかせるのが「印」という字です。
手でもって人を抑えて仰臥させるわけです。
印の左にあるのは「手」なのです。甲骨文では、やや左上にあります。
左側をむいているひとがひざまづいている、というのがおもしろいですね。*1
たとえば、「比」という字は、人がふたり並んでいるかたちです。
「卬」の左の形、立っている人が、ふたつあるのが「比」です。
「比」は、ふたりとも右を向いています。
左向きになると、「从」になります。これは、したがう、とよみます。
从は従の初文なのです。
ひざまづいているのではないのに、主従の従になるわけです。
「邑」という字があります。
これは口(い)と卩(せつ)とに従います。
![]()
口(い)は、都邑の外郭、城壁をめぐらしている形で、
下の卩(せつ)はひとですよね。ひざまづいているひとです。
邑は城中に多くの人がいることなんです。
邑のしたは、巴(は)ではありません。
まぎらわしいですが、
巴(は)は、器の把手(とって)のかたちです。
ちなみに「色」という字の下は、巴(は)ではなくて、卩(せつ)です。
上にある「ク」は人ですが、これが卩(せつ)を貫いているのです。
邑は口(い)+卩(せつ)です。
口というと、口(さい)という祝詞をいれる器であることが多いのですが、
城壁をあらわしていることもあるのですね。
「国」という字は、旧字は「國」と書きます。
じつは、なかにある「或」だけで「國」を意味します。
或の中にある口は、城壁をあらわしています。
くにがまえとまったくいっしょです。
邑の上の口といっしょです。
口が口(さい)ではないものに、「叩」という字があります。
この口は、「台」なのだそうです。
字通には
口+卩(せつ)。口は台の形。卩は人の伏する形で、叩頭の意であろう。頭をたれて叩かれる、ということのようですが......。
口(さい)でない口は他にもありますが、これはまた別の話としましょう。
邑は、漢字の一部分となるときには、「阝」となることが多いのですが、
この「阝」もちょっと曲者です。
部首としては、旁にあるときは、郎
邨郁郊邪などにつかわれる「おおざと」です。
じつは2つの意味があります。というより、まったく別物なのですが、
旁(つくり)にあるときには、邑(ゆう)
辺(へん)にあるときは、阜(ふ)
であることが多いのです。
甲骨文をみるとかたちが違うので一目でわかります。
阜 字統
神梯の象。神が天に陟降(ちょくこう)するときに用いる梯(はしご)で、この部に属する字は、もと神事に関するものが多い。
陟(ちょく)は、神が梯で天にのぼっていくことで、
降(こう)は、神が梯で天からおりてくることです。
「阝」は、まさに「はしご」の象形なわけです。
「隣」という字は、「阜(ふ)+粦(りん)」です。![]()
粦(りん)は人牲(ひとのいけにえ)をもちいているかたちです。
粦(りん)は、「大+舛」。大は人のかたち。舛は両足を開いているかたちです。
大の上下に点があるのは、鮮血なのだそうです。
神梯の前で行われる儀礼の、その聖地を「隣」というのです。
隣というのは、人牲を用いる聖地だったのです。
説文解字では、「鄰」として「粦(りん)+邑(ゆう)」としているようですが、
金文には「隣」、つまり梯子がちゃんとありますから、「阜(ふ)+粦(りん)」です。
卬(こう)と間違われるのが、卯(ぼう)という字です。
卯 字統
牲肉を両分する形。卜辞に犠牲を卯(ころ)す意に用いており、それが字の初義である。
卯には、両分の意があります。
貿や留などの上部にあるのは、卯のようです。
が、字統によると、留の上にあるのは、卯ではないようです。
このかたちには2つの意があるようです。
卯(ぼう)は、いけにえの肉を両分する形ですが、
丣(ゆう)は、水溜りをあらわしています。
貿の上部は、卯。
留の上部は、丣。
卯は、いけにえの肉を二つに裂くかたちですが、
貿は、二つに分けたものを「交換する、かえる」の意味に使います。
貝は子安貝で、貨幣としてつかわれました。
丣は留の省文です。留は水溜りの意になります。
丣は水流のかたわらに水溜りができているかたちです。
卯も丣もそっくりなんです。
私も違いがわかりません(笑)
「すばる」という字は「昴」ですが、
紛らわしいことに、「昴(ぼう)」は常用漢字ではありません。
人名用漢字にはなっているようです。
書経の尭典に
日は短く、星は昴なりとあるようで、これは仲冬に昴星がま南にあることをいうそうです(字統より)。
「昂」という字があって、こちらは常用漢字です。
昂、これは日の昇ることをいう字です。
卬=仰で、上を仰ぐ意から、日の昇ることとなります。
意気のさかんなことを軒昂といいます。
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犬牲について
2005年12月10日 kodo | 個別ページ | コメント(3) | トラックバック(0)
私は犬年です。
以前は実家でも秋田犬を飼っていました。
犬は飼い主に似るといいますが......。
甲骨文字の犬は、まさに犬の象形そのものです。
常用字解には「猟犬として使われたらしい逞(たくま)しい犬の形」とあります。
犬を横からみたかたちです。
最後の右払いは尻尾だったのですね。
点は頭でしょうか。それとも耳でしょうか。
いずれにしても、この点を忘れては犬になりません。
犬の第一画めを左からではなく右上から振り下ろすように書くと
草書になり、省画できます。
犬は犠牲(いけにえ)としては特に貴いものとされていました。
犠牲というと、
- 祭肉として供えられる
- 焼いてその臭いを天に昇らせて祀る
- 建物の下などに埋める
- 血によって清める
などの方法があります。
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禹・竜・雲
2005年8月11日 kodo | 個別ページ | コメント(4) | トラックバック(0)
禹は、夏王朝の始祖です。
この「禹」という字は、
オスとメスの竜を描いた字です。

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あか(赤・朱・丹)
2005年7月 7日 kodo | 個別ページ | コメント(1) | トラックバック(2)
宮城谷昌光氏の「王家の風日」に
赤は――火のあかが赤(せき)であり、木のあかは朱(しゅ)であり、土のあかは丹(たん)であるが――心臓の色でもあり、血の色でもある。すなわち赤は、
「いのち」
の色である。
とあります。じつに明快です。
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鳥・隹(鶏・鳳・風・集・雑)
2005年4月11日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
鳥には、【鳥】と【隹】とがあります。
鳥は全形であり、隹は省略した形です。
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溪(谿)・奚
2005年4月 2日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
xiyueさんからリクエストがありましたので、「溪」と「谿」の字について書いてみたいとおもいます。
このふたつの字ですが、やはりどちらでも構わないようです。
どちらもおなじように用いられているようです。
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静(青・月)
2005年3月12日 kodo | 個別ページ | コメント(4) | トラックバック(2)
sumi-mojiさんが、「静」の字のことで、ご紹介してくださいましたので、
「静」という字から、すこしたどってしらべてみます。
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父・交
2005年2月24日 kodo | 個別ページ | コメント(7) | トラックバック(1)
一昨日、一年生の息子の宿題に付き合いました。
漢字練習です。
「学校」と書いていました。
どうも字形がへんちょこりんなので、小筆で書いてあげました。
すると、
「そこ、くっつけちゃいけないんだよ!」
どうやら「校」の父の部分、上の2点と交差の部分は、接触してはいけないそうです。
息子はくっつけて書いて、テストで減点されたので、おぼえているようでした。
たしかに普段は離して書く癖がありますし、書ならそう教えますが、
学校で習うのだから、きちんと?つけて書いたほうがよいだろうと、
私はご丁寧につけて書いていたのでした。

子供に買ってあたえた『例解学習漢字辞典』(藤堂明保編、小学館)で、
「父」を引いてみました。
この漢和辞典は学習用なので、筆順や、書く際の注意点などが書いてあるのです。
子供の大好きなドラえもん版です。
やはり息子のいうように、
2点との間にそれぞれ線が引かれて「あける」と2つありました。
学校ならば常用漢字表どおり離すように指導するのが正解でしょう。
子供に漢字をおしえるというのは、書とはべつな意味でむずかしいものです。
「父」は二年生で習う字でした。
一年生で習う「校」のほうがむずかしそうですが、
学校のほうが父より身近なようです...(笑)
父は部首になっていました。
ただ父の部に取り上げられているのは、「父・爺」の二字だけでした。
この辞典は教科書体ですが、父では「あける」といっておきながら、
爺の上の父の該当部分はつけて書かれています。
それにしても2字しかないとは、父親は影がうすいんですね~。
ちなみに『漢字源』(藤堂明保編、小学館)を引いてみても、
父の部には、「父・爸・爹・爺」の4字しかありません。
どれも父親を意味しています。
この辞典は明朝体です。
そのためか、こちらでは父の該当部分は爺をはじめ、すべて離しています。
活字をつくるひともたいへんです。
釜や斧は、この辞典では父の部には入っていませんでした。
釜は足のない大腹の器です。『漢字源』に、
春秋戦国時代の量をあらわす単位。一釜は六斗四升(約十二リットル)。とあり、金の部に入っています。
斧は斤の部にあるのでしょう。
ところで、そもそも「校」の父の部分と「父」という字ではなりたちが違います。
「父」は、白川静氏の『字統』によると、
初形は斧(おの)と又(手)とに従う。斧鉞(ふえつ)をもつ人の形。斧の頭部をもつ形が父である。〔設文〕に「矩(く)なり」と畳韻をもって訓し、「家長の、率ゐて教ふる者なり。又に従ひて、杖を挙ぐ」とし、もつものを杖の形とする。また火をもつ形とする説もあるが、金文の字形に戉(鉞)をもつ形のものがあり、その鉞頭をもつ形である。斧鉞は儀器として用い、王や士はみな鉞頭を儀器としてその身分や地位を示したものである。父も斧鉞を儀器として、その指揮権を示したものであろう。ゆえにその地位にある人は、父子の関係をこえて、尊称として父をつけてよぶ。とあります。
会意の字でした。
丨(斧の頭部の形)と又(右手)とを組み合わせた形です。
『例解学習漢字辞典』の甲骨文はちょっと違うようです。
丨と又(ゆう)とが離れてしまっています。
丨を持つ形ですから、丨と又の真ん中は甲骨文ではくっつけるようです。
『古文字類編』(高明編、中華書局)をみると、みなくっついています。
この場合の斧は、「兵」の斧や、木をきる道具としての斧ではなくて、
儀礼に用いるための器としての斧で、指揮権を象徴しています。
指揮権をもつ人、指揮する人をいうので、
子供を指揮するのは母親ではなく父親だったということでしょう。
「交」のほうもみてみましょう。
人が脚を組んでいる形。とあります。
「大」という字は、人を正面からみた形ですが、
この脚を組ませると、「交」という字になります。
「大」
「交」「父」とはまったくなりたちが異なっています。
「校」は、屋根に千木(交叉した木)のある建物をいいます。
声符は交。交に交積の意があり、木を組み合わせたものをいう。と『字統』にはあります。
脚を組むというのは留まること?で、
木の柱の校門で門下生が先生の話を聴いている?
のかと想像したりしましたが、そんな不真面目なことではないようです。
父にしても交にしても、
隷書では付けて書くことが多いようですし、行草では離して書くことが多いようです。
明
2005年2月16日 kodo | 個別ページ | コメント(5) | トラックバック(0)
明という字は、冏(囧)に月です。
なので、本来は眀(目+月)と書くのが正しいといえるでしょう。
漢隷や魏碑、羲之の行書をみても、眀と書いていますし、
時代が下って
初唐の楷書である虞世南や欧陽詢、褚遂良の楷書を見ても、
眀と書いています。
目+月とかきますが、左側は、目鼻口の目ではありません。
いつごろから日+月とかくようになったのでしょう。
ちょっと調べてみたいものです。
日月明なり、などといいますが、この場合の日は太陽のことでしょう。
明の字のなりたちは、太陽と月ではなく、
月光、月のあかりをさしています。
左側は、日ではなく冏(囧)です。
つまり、窓です。
窓に月光のさしこむところをあらわしています。
古い時代の中国北部の黄土地帯では半地下式の住居が多く、竪穴を中心に作られた部屋の窓は一つであり、そこから入る窓明かりを神の訪れとみたてて窓のところに神を祀った。それで神のことを神明という。と白川静氏の常用字解にはあります。
明は、窓から月明かりが入りこむことをいい、その窓のところに神を祀ったのです。
神の前で血をすすって誓うことを盟といいます。
皿のうえに点があるものは、血です。
牛や羊の犠牲(いけにえ)の血は、神への供え物でしたし、
祭りにつかう祭器などがつくられたときには
さいごに血をぬって清めることをしたそうです。
盟のばあいは、皿ではなく、血になります。
だから血盟になるのです。
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兔(うさぎ)
2005年2月15日 kodo | 個別ページ | コメント(6) | トラックバック(1)
兔は、うさぎの形そのままです。
兔の字には点がありますが、
これは甲骨文をみると、尾にあたるようにみえます。
甲骨文をみると、
なぜか動物はみな足が左を向いています。
頭が上に書かれています。
「犬」や「馬」、「魚」にしてもそうですよね。
ふつうなら足は下にかくのではないでしょうか。
これはやはり犠牲と関係があるのかもしれません。
ところで、うさぎというと、兎の字のほうが見慣れていますが、
「兔」が正字で、「兎」のほうが異体字です。
点がない「免」とはまったく異なる字です。
説文解字には、「免」という字はでてこないそうですが、
やはり字形が似ているので、
「免」と「兔」とは誤同された解釈もあるようです。
字統によると「免」には二系統あるようです。
ひとつは、免冑、冑を免(ぬ)ぐ形。免脱の意。
ひとつは、分娩のかたちで、股間を開く形。
もと字源を異にするものだったのですが、
甲骨文もとても似ている字形であるため、
のちに一緒に混一してまぎれるようになったと書かれています。
kanzanさんの今日の一字での
xiyueさんとkanzanさんとのやりとりで、
饞(chan・チャン)というのをしりました。
舌が肥えているとか、口がいやしいとかの意味。
ということは、饞人だと、食通、食道楽、というような意味になるのでしょうか。
毚という字には、うさぎが二羽えがかれています。
下が兔なのはわかりますが、上の部分も兔。
字統によると、
二兔に従う。一兔が跳躍して一兔を超える形。疾走してのがれるときの姿である。また、
毚に従う字は、高く跳んでこえる、危急の状態などの意をもつ。とあります。
兎は一羽二羽と数えますが、それは兎は尾のない鳥とみなされたからです。
四つ足のものを食べることを禁じられても、
兎だけは鳥とみなして食べることを許されました。
二本足でぴょんぴょん跳んでいるからでしょうか。
たしかにすずめがぴょんぴょんするのと似ているともいえますね。
動物とはみなされなかった、かわいそうなふしぎな動物です。
月兎をよんでみると、
月にうさぎが住んでいるとかんがえたのは、
日本だけではないようです。
剣(僉・刀・兵)
2005年1月23日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
金曜日に小学一年生の息子の学校へ行ってきました。
学校の公開授業の日で、
むかしのあそび、ということで、
ゲストとして、けん玉をやってきました。
「けん玉」というのは、
広辞苑をひくと、「剣玉」もしくは「拳玉」と書くようです。
先のとがった部分を剣というのでしょうか。
そういえば、形も剣にもなんとなく似ていますよね。
横の二つのお皿は、つばの部分に見えなくもありませんし(^^;
拳と書くのは、玉が拳のようだからでしょうか。
剣というのはどういうなりたちをしているのでしょう。
剣は、旧字では「劍」と書き、「僉(セン)」と「刂(トウ)」とからできています。
「僉(セン)」には、
令、命の上の部分とおなじ部分(人と一とを書いた部分)があります。
これは、神事にしたがうものが用いる礼冠の形です。
これに、ふたりの兄がえがかれています。
ふたりならんで祝祷するところから、「みんな」の意味が生じます。
「僉(みな)曰く」という用法があるらしく、
ほんらいは「神意を承る者の言がすべて一致する」という意味なのだそうです。
ふたりならんで祝祷するのが、僉(セン)です。
ふたりならんで舞楽するのが、巽(ソン)です。
僉は(セン)と音しますが、字統には、
「金文に剣銘の剣を僉に作っており、古く剣の声であったのであろう」
とありますので、
ふるくは僉は(ケン)という音だったのかもしれません。
右側の刂は、刀(トウ)です。
そのまま、刀のかたちです。
刀は片刃で、剣は両刃だったとおもいますが、
剣という字にも刀が入っています。
そういえば日本の剣道は、
刀(かたな)をつかうのに、「刀道」ではなくて「剣道」ですね。
剣は、金文では「刂(トウ)」をつかわずに「鐱(ケン)」(金+僉)となっているようです。
ところで、
古代の兵士は、刀や剣ではなく、斧を両手にもって戦ったのでしょうか。
「兵」という漢字は、「斤」を両手でさしあげているかたちで、
武器をとって戦うものの意をあらわしています。
「斤」は、斧(おの)のかたちなのです。
兵は、刀や剣をもって戦うのではないのですね。
帯剣できるものたちは限られたのでしょう。
「神意を承る者」である長兄たちだけが、
帯剣をゆるされたのかもしれませんね。
字統に、
「古く男子は帯剣、
六朝の士人も、聖徳太子像のような長剣を帯しており、
着剣のまま殿上に入ることを許される剣履上殿は、殊寵とされた。」
とあります。
参考文献:
字統、常用字解
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兄
2005年1月23日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
兄というのは、
上の口の部分を、「口(くち)」ととるか、「頭(あたま)」ととる場合が多いようです。
『漢字源 改訂新版』(藤堂明保ほか編、小学館、2002年)
象形。兄は頭の大きい子を描いたもので、大きいの意を含む。
『漢字字源辞典』(山田勝美・進藤英幸著、角川書店、平成7)
「ことば」の意味を表す「口(くち)」と、音の表す「儿(尫(おう))」とからなる形声字。「光」参照。ということなので、「光」を参照してみると、
「尫」は、佝僂(くる)(せむし)の形象であるが、ここでは「ワウ」の音を表す音符である。とあります。
『初等漢字の教へ方』(後藤朝太郎著、関書院、昭和11)
兄の字は、口と人の姿の両要素からなつてゐる。口は果して目口鼻の口か、それとも首全體を四角形で表はした者であるか、その邊は明かでない。しかし見の字が目の所を誇張して、首全體にかへ、そして見るはたらきを極度に理解させようとしてゐる所からみると、兄の方もその口角を十分開いて大いに口幅ひろく叫び命じてゐる所の示されてゐるものかも知れない。
白川説をみてみましょう。
『常用字解』(白川静著、平凡社、2003)です。
会意。口と人(儿)とを組み合わせた形。口はサイで、神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の形。兄はこの口(サイ)を頭上に載せている人を横から見た形で、神を祭る人をいう。兄弟のうちで家の祭りごとを担当したのが長男であったので、兄は「あに」の意味となる。 長兄が家の祭祀(祭り)を嗣(つ)ぎ、季女(末娘)が嫁がずに家に残って家の祭祀を守るというような習俗があった。 古い字形には、袖に舞うときの飾りをつけた字や跪(ひざまず)く形の字があって、兄が祭りに従事する人であったことが知られる。 兄に祭卓(神を祭るときに使う机)の形である示(じ)を加えると祝となり、はふり(神に仕える人)をいう。
『字通』(白川静著)には、
口は(さい)、祝詞を収める器。そのことを掌る人を兄という。字の構造は、見や望の初形が目に従い、聞の初形が耳に従い、光の初形が火に従い、それぞれの下に人を加えるのと同じ造字法である。長兄は家の神事を掌るもの、すなわち祝となるべきものであった。卜文・金文の字形に、袖に飾りをつけて舞い祈る意を示すもの、また跪く形のものがあって、兄は神事に従うものであったことが知られる。とあります。
「兄」という単純なかたちの字なのにもかかわらず、
ずいぶんと字説がことなりますね。
どれが正しいかはわかりませんし、解釈なのでひとそれぞれでしょうが、
現在は白川説が有力になりつつあるようです。
口がサイ、すなわち神に祈る祝詞を収める器であるというのが、白川文字学の基礎にあります。これは世紀の大発見でしょう。兄はこれを戴いて神を祭る人をあらわすのです。
「兄の字形の袖の部分に、舞うときの飾りをつけた字があり」(字統)などは、甲骨文を仔細にみてはじめてわかることであり、とても説得力があります。
筆
2005年1月11日 kodo | 個別ページ | コメント(2) | トラックバック(0)
澄翔さんの箱根旅行を読んで、竹の筆というのを知りました。おもしろいですね。
そういえば筆という字は竹冠です。
ただ、もともとは竹冠がない「聿」だけで、筆の意味をなしていたようです。
元来、竹は北方支那になく、南方揚子江方面或いは南方熱帯地方にかけて生ずるものである。それ故孔子の時代、或いはそれ以前に北方の各地で竹簡、その他、竹の需要があつたとすればいづれも南方からわざわざ移入されたものだと思はれる。西域、中央亜細亜方面で沙漠の中から松柏科の木材を用ひた木札(木簡)が、数多発掘され、これに墨書された文字が見出されてゐる。これは前漢の王莽の神雀年代のもので、己に二千有余年を経てゐる貴重な出土品なのである。これ等はいづれもきぢかから見ると松柏科の板であつて、麻の紐、または羊の皮の紐で綴づられてゐる。恐らく西北地方にても、古くは竹の材料が得られなかったため、木札が用ひられてゐたのであらう。(『初等漢字の教へ方』(後藤朝太郎著)ということです。
つまり、管の部分は、竹でつくることが多かったのでしょうが、
かならずしも竹とはかぎらなかったかもしれないということなのです。
聿は、筆を手にもつかたちです。
又(ゆう)は手のかたちなのですが、
聿は、筆のかたちに又(ゆう)を組み合わせたかたちです。
ちなみに、又(ゆう)は右手です。
甲骨文や篆文をみてみるとわかります。
篆書の書き順をみると、右と左の漢字の書き順が納得できます。
指から書き、腕を書くのです。
又(ゆう)は、右のもとの字です。ナ(さ)は左のもとの字です。
右手を二つならべたのが、友です。
手と手をとりあって、たすけあうのが友なのでした。
さて、竹筆というのは、竹を細かく裂いて筆のようにしたもののようです。
江戸時代の禅宗の僧侶が竹筆を愛用していたそうです。
やわた発明展示室によると、
中国の墨絵・額字等にも数多く見られるそうです。
これにはびっくりしました。
ホウライチク竹筆の画像
TAZAKI'S ART WORKS
などに写真がありました。
葦ペンや竹ペンはいまでも画材店で売っていますよね。
いまでは画家やまんが家の道具になっています。
使い込むと、やわらかいあたたかい線がでそうな気がします。
しかし竹筆があるということ自体知りませんでしたし、
まだ作っているということも驚きでした。
ふつう筆は、巻筆(まきふで)と水筆(すいひつ)に分けられます。
古くは巻筆しかありませんでした。
水筆は宋代からもちいられたそうで、それ以前は巻筆だったそうです。
日本でも平安時代の筆も巻筆で、和様の書は近世の末まで巻筆で書いたそうです。
巻筆は、鋒の芯を紙で巻いたものだそうです。
いまの筆はほとんどすべて水筆です。
紙で巻いたりしていません。
水筆には、捌筆(さばきふで)と固め筆とがあります。
水筆は鋒に墨をたくさん含みますので、
墨をよく吸収する紙に書く場合は水筆が適しています。
巻筆も、いちど使ってみたいものです。
雁皮紙などに書くのでしょうか。現代の紙質は向かないのかもしれません。
そういえば、画仙紙に書くようになってから「書」がだめになった、といっていたひとがいました。
筆を発明したのは、秦の蒙恬(もうてん)将軍だという伝説がありますが、
世界史の教科書だと、筆の改良をしたひととして紹介されています。
蒙恬将軍は、北方から秦を脅かしていた匈奴にたいして討伐に派遣された将軍です。
北方民族は脅威だったのですね。
始皇帝は万里の長城をつくりなおし、つまり修築します。
諸国によってつくられていた長城をむすんで万里の長城にしました。
始皇帝は修築したのであって、万里の長城をつくったのではありません。
しかも現在よりもずっと北にありました。
明の時代に作られた万里の長城は「月からみえる唯一の建造物」です。
蒙恬将軍は、それまでの筆になにかしらの改良をしたのでしょう。
殷・周の時代からすでに筆はあった、というのが定説になっています。
殷墟からは墨書された陶器が発見されていますし、
じっさい、春秋時代の筆などは、ちびた筆ですが、発見されているのです。
期
2005年1月11日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(1)
「一期一会」というのは、仏典のことばだとばかり思っていましたが、
どうやら茶会のことばらしいですね。
一期は仏教用語のようですが。
一期というのを広辞苑(初版)でひいてみましょう。
いち・ご【一期】一生。生まれてから死ぬまで。閑吟集「-は夢よ、ただ狂へ」―・しょう【一期生】いちご。いっしょう。―・まつだい【一期末代】この世は一生涯、末代は永劫まで。一期一会が載っていません。
―・やまい【一期病】一生なおらぬ病気。死病。
―と思う 一生離れまいと思う。死生を共にしようと思う。
―の男 一生離れまいと思う男。
―の灌頂 人の死ぬとき成仏のしるしとして行う灌頂。
―の四相 生・老・病・死の四つの相。
―の始 生まれて始めて。
―の不覚 一生涯の大失敗。
―の浮沈 一生の大事。一生の浮き沈みのきまる瀬戸際。謡、安宅「すはや我君怪しむるは―爰なりと」
なので第三版をみてみます(最新のは持っていないのです)
―・いちえ【一期一会】(茶会の心得から)生涯にただ一度まみえること。一生に一度限りであること。「-の縁」とありました。
期という字の由来ですが、
「字通」(白川静著)によると、
声符は其(き)。其(箕)は方形に近く、一定の位置や間隔、区分を示すことがある。とあります。
「其」というのは、方形のちりとりの形なんだそうです。
だから「一定の大きさのもの」、という意味がでてきます。
でもなんで「ちりとり」なんでしょうね。
ほかに一定の大きさをしたものはみあたらなかったのでしょうか。
漢字源(学研)によると、
「其」について、
象形。其の甲骨文字は、穀物を載せる四角い箕(キ)(み)の形を描いたもの。金文は、その下に台の形を加えた。其は、のちの箕の原字だが、その音を借りてやや遠い所の物をさす指示詞に当てた。としています。
「ちりとり」でもよいのですが、なぜか「穀物を載せる四角い箕」、
こちらのほうがついうなずいてしまったりします(^^;
ところで、「其」は代名詞や副詞に用いるようになってしまいます。
そこで、竹かんむりをのせて、「箕」という字が作られました。
現在では「箕(き)」が「ちりとり」の意となって、
「其」は、いまでは本来の意味とはちがう使われかたをしているわけです。
この「其(き)」に、
月をつけます。
古くは月ではなく日をつけた形のものもあるようです。
時間の一定の長さを「期」といいます。
月や日の運行による時間や月日の一定の期間を示しています。
時間をあらわすことばに、「刹那」というのがあります。
これは完全に仏教用語です。
サンスクリット語のクシャナをそのまま音写したものだからです。
「風の谷のナウシカ」に、クシャナ殿下がでてきましたね。
クシャナは、インド仏教の数える最短の時間単位であって、
現在ならば、75分の1秒に相当するそうです。
ずいぶん短すぎやしませんか。
生じたものはかならず滅する、
そして、生じ、住し、異し、滅する、その間の時間が、1クシャナ(一刹那)なのだそうです。
あるのは刹那のみ、というのが仏教のかんがえかたです。
「期」は、人生にたとえられますが、
「刹那」も「期」もともに、
生じてから滅するまでの時間をあらわすのでした。
無
2005年1月 2日 kodo | 個別ページ | コメント(2) | トラックバック(0)
無は、雨請いをするために巫女が呪飾をつけた衣の両袖をひるがえして舞う人の姿。説文解字という文字学の古典には無を「豊なり」とし、林に従う字とあるそうだが、篆字の誤った字形による解釈らしい。
無が「なし」という意に使われるようになったのは音の仮借である。のちに無がもっぱら有無の無、否定のことばとして用いるようになったため、舞うときの足のかたち「舛(左右の足が外に向かって開くかたち)」を加えて舞という字ができた。無が雨乞いの祭りの踊りからきていることから、舞は、鼓舞というように「はげます」の意にも用いられる。
現代の舞は楽しいイメージがあるが、雨乞いを神に祈る舞である。雨乞いが失敗すると牲にされる。
白川先生の遊字論に、
神隠るというように、神は常には隠れたるものである。それは尋ねることによって、はじめて所在の知られるものであった。神を尋ね求めることを、「左右してこれを求む」という。とある。尋は、左右の字を縦に重ねた形をしている。左という字は左手に工の形をした呪具をもつ形で、この呪具は神が隠れたり神を尋ねたりするときに必要なものである。右という字は右手に祝詞を入れた器である口(サイ)を持つ形である。左右、すなわち尋とは、神を尋ねる行為であった。そして神を尋ね求める行為として、舞が必要だったのだ。
今の中国の簡略字では無の代わりに「无」を用いている。无(ム、ない、なし)は、亡の異体字。
亡は手足を折り曲げている死者の骨の形。「死ぬ」、「逃げる」、「滅びる」の意味に用いている。亡に毛が生えて草むらに放置してあると「荒」となる。亡の「なし」の意は無と同様、その音を借りる仮借。
仮借ということは、「もとその字なし」で、その字を形象化しがたいので、音などを借りてあらわしたものということ。
無の概念はどこからきたのだろう。
参考文献:「常用字解」、「文字逍遥」(いずれも白川静著)
酉(とり)
2005年1月 1日 kodo | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
なぜ酉年の酉というのがこの字なのでしょう。
どうして酉を「とり」と読むのでしょう。
漢字源(学研)によると、
作物をおさめ酒を抽出する十月。のち、十二支の十番めのとりに当てる。とあります。
十二支の漢字は直接は動物を意味していません。
十番目というのがキーになったわけです。
酉に「とり」という意味があったわけではなく、
「酉」という漢字に「十」というおもみをもたせたので、
「とり」と訓ませただけのようです。
時刻では、午後六時の前後2時間。
方角では、西。
動物では、鶏。
酉(ゆう)は、酒樽(さかだる)のかたちです。
酒(さけ)のもとの字です。
でも本来、お酒というのは、神さまにささげるものです。
それをお神酒(おみき)といいます。
お神酒というくらいですから、
そのおさがりはとてもだいじですから、
きちんと最後までいただきます(^-^;
でもそのおさがりをいただくくらいが
ほんとはちょうどよいのかもしれません。
酒は百薬の長といいます。
酒、(白酒・清酒・薬酒)-百薬の長だが、過ぎれば毒-によると、
漢方薬などは水ではなくてお酒で飲むとよいのかもしれません。
(ふつうのおくすりは絶対にだめです。まわりすぎて毒になります。)
屠蘇酒(おとそ)も薬酒ですし、
”養命酒”の発想はむかしからあったのですね。
酒のなかでも、古酒(ふるざけ)はとてもだいじで、
ふるざけは、酒樽から酒気が発しています。
このさまをいうのが、酉の字のうえに八とかいた、
酋(しゅう)という字です。
部族のいちばんえらいひとを酋長といいますよね。
このふるざけの入った酒樽(酋)を、
両手でささげて神前におくかたちが尊です。
尊いというのは、お酒を神さまにささげることだったのです。
樽というのは、木へんに尊とかきます。
神さまにささげるときにつかう木製のたるを樽というのです。
中国の殷王朝では、祭祀(さいし。祭りのこと)に、
お酒をたくさんつかいました。
数千年もまえのことです。
お酒は国を滅ぼすといいます。
殷王朝は酒によって滅びたともいわれています。
酒を飲んでも呑まれるな。
お正月。せいぜい飲みすぎには注意しましょう。
参考文献:
「常用字解」(白川静著、平凡社)
「漢字源」(藤堂明保編、学研)
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